このサイトは主に長山一夫の著書、仕入覚書を掲載するものです。
トップページへ

貝類

鮑(アワビ)

 アワビは、すし屋の数あるネタの中でも最高級のネタの一つとして、憧れに近いような人気を持ちつづけている。しかしその割には種類、旬、旨さ、漁場等、諸々の点で不明なところが多く、昔からの一般的な伝聞によって大きく誤解されてきている。

アワビの種類
  アワビは通常、4種類に分類される。(イ)クロアワビ(ロ)マダカアワビ(ハ)メガイアワビ
(ニ)エゾアワビ さらに厳密に分類するとクロアワビに近いのだが、クロアワビとエゾアワビの中間種、あるいは混合種である通称(ホ)「常磐もの」がある。

クロアワビ

旨み
 コリコリに固いアワビが旨い…と言う神話がある。
 「ビンビンに活きのよいアワビを固く、固く、コリコリに締め、歯が痛くなるようなのが旨い」とよく言われる。これは本当だろうか? 歯が原始的に丈夫な、若く逞しい男達のダンディズムが言わせる錯覚ではないだろうか。
 アワビを固くコリコリに締めるのは簡単だ。アワビの口先に包丁を入れる。塩をタップリとぶっかけ、タワシでごしごしと洗う。とんがった口先の方の殻の先端を下に縦に立て、固い物の上でコツコツとたたく。さらにオマケで水の中で身をバシャバシャと振り洗いをし、そして殻から外せば、見事にカッチンカッチンの固いアワビの出来あがりだ。
 しかし、このコリコリの固さは必ずしも鮮度と旨さの証明とはならない。そこそこの鮮度がありさえすれば、どこのどんな品質のアワビでも前記の方法でいくらでも固くする事が出来るからだ。しかもこの固さは、2~3日は十分に持続するため、旨さの減殺をもたらす事にもなる。
 では、春美鮨での、生食アワビの旨さのとらえ方とは…。
 生食で旨いアワビの種類は、クロアワビとエゾアワビであるが、その中でも夏場の千葉県外房のクロアワビの旨さは極め付きだ。身質が柔らかく、甘みと旨みが濃厚だ。磯の香りは海草の匂いをタップリと含んでいる。身肉が殻から大きくはみ出しているような、肉厚のびんびんに活きのいい0.8キロ位ある大きめのサイズを選び、表面の汚れをかるくしっかりと拭き取ってやり、後はただサット殻から外すだけ。この時、少しは身が締ってしまうのだが、まだアワビは身を殻から外された事に気が付いていない様で、身をくねらせ、律動している。この状態のクロアワビが旨い。
 小口より少し厚めに包丁を入れる。柔らかからず、固からず。噛むと歯は深くやさしく身肉にしっかりと入ってゆく。身肉に内在する旨さのエッセンスが口中に流れ出してくる。この時、一般に良く言われる固定観念のまま、固く、コリコリに締めてしまうと、全ての産地の、全ての品種のアワビがほとんど同じような味になってしまい、旨さの区別がつかなくなってしまう。
 魚の旨さは、ホンの一寸の味の違いの下に大きなアヒルの水かきの差があるものなのだ。

分布
 クロアワビの分布は広い。長崎県五島から淡路島、紀伊半島、和歌山県大王崎、静岡県御前崎・伊豆半島・下田、神奈川県葉山から千葉県外房の各産地まで満遍なく獲れるが、旨さにも地域差があり相場にも差が出てくる。なかでも外房のクロアワビは絶品で、特に6月頃から9月頃にかけては身肉の厚み、甘み、柔らかさ、磯の香りとどれを採っても最高品となる。生食でヤル、アワビ料理の極致の旨さを愉しむことが出来る。
 外海の荒波にもまれ、一度岩に張りついたら金輪際はがれない岩のようなしたたかさと強さ。荒々しい殻の外観は屈強な男達に相応しいイメージがある。真夏の夕刻、一汗かいた後の爽やかな風の下での酒宴に、アワビの水貝などピッタリの料理となるはずだ。


 4月下旬から5月上旬にかけて解禁となって行く外房のクロアワビ、マダカアワビ、メガイアワビは、この時期いまだに水温低く、本調子には程遠い。身肉は水っぽく痩せ、旨みも足りない。まだ活動期に入っていないのだ。
 平成10年6月、梅雨。海中の透明度極めて悪く、素もぐりでのアワビ漁には影響甚大。5月末より6月下旬までの外房のアワビ漁はほぼ全滅。各産地業者達の留め物少々と、九州五島産が主であった。7月、盛夏。梅雨明けと共に漁は最盛期に入って行く。身肉もタップリとつき始め、旨さと漁獲の旬真っ盛りとなる。
 9月中旬から10月上旬、各漁協は次々と禁漁期に入って行く。この時期、アワビは丸々と身肉を太らせ、肝も肥大化、抱卵準備のため最高の身質になっている。だから、一番旨い時期に禁漁期に入っていってしまう事になる。各漁協は従来の禁漁期を、旬の移行の実情に合わせて多少見直しをする必要があるのではないだろうか。

マダカアワビ

 アワビは活きのよいヤツを生のまま刺身や水貝にして食べるのも旨いのだが、酒蒸し、塩蒸し、柔らか煮、ステーキ等、加熱調理したものは、甘みと香りが濃く立ち上り、さらに旨い。アワビの種類の中で、この加熱調理で最も本領を発揮し、美味しくなるのがマダカアワビである。

外房、大原の特大マダカアワビの「枇杷(ビワ)貝」

 1キロ以上の「マダカアワビ」は「特大マダカアワビ」と呼ばれる。略して通称
「特マタ」。さらに、その表面の身肉がビワ色をしているヤツを「ビワ貝」、通称「ビワッ貝」と尊称する。最高のビワ貝は身肉の中までも見事にビワ色をしている。「外房の、大原産の、特マタのビワッ貝」。これこそ加熱調理されたアワビ料理の最高の素材となる。
 当店でもこの「特マタのビワッ貝」を追いかけて行く。酒と少量の醤油と元タレとで4時間程煮る。「大型サイズのアワビは大味だ」とよく言われるが、それは一般的風評で明白な誤解だ。1キロ以上になると、甘み、旨み、香り共に濃厚で強くなってくる。しかし、身肉が殻から大きくはみ出している程に太った極上の大原産のビワッ貝は最近では激減してしまっている。一シーズン中にホンの数回しか入荷してこないのだ。
 この激減に対して、資源保護と再生のために大原では平成11年4月まで、5年間の禁漁中である。平成12年6月、大原漁協への久々の訪問も吉報はなし。漁獲量の復活はほとんど見られず。浜値は暴騰、築地市場でも特マタは1万8千円~2万円の異常な値を付けている。近々再度禁漁に入る予定との事。
 平成9年9月5日。大原産の「特マタのビワッ貝」の最高品が入荷。総量1.8キロ、剥き身重量0.9キロ、歩留り50パーセント。この身肉を丁寧に磨き洗いし、さらに煮ること四時間余。煮あがりの身重0.7キロ。生の時の剥き身との歩留り80パーセント。これは凄い。煮アワビの場合、通常平均は60パーセントぐらいで、悪い時には50パーセントを切ってしまう事さえあるのだから。仕入れ値キロ1万8千円。1万8千円×1.8=3万2,400円。旨くて使える部位の正味原価、一握り千円強。売値千円。これはもう仕入れて使う愉しみだけの仕事となってしまっている。当店にとっては、もはや道楽そのものでしかない。
 マダカアワビはアワビの仲間の中では最も深場に生息しているため、素もぐり漁の対象としては一番難しく、漁獲量も少ない。残念ながら「ビワ貝」はやがて正規のルートでは入荷しなくなってしまうのだろう。平成10年、日本経済沈没のため各種アワビは値下がりしている。平成5年次より平均20パーセントほどの暴落である。しかし平成12年、さらなる日本経済沈没の悪化の中で、あまりのマダカアワビの不漁振りを反映してか、またまたキロ単価1万8千円から2万円の高値を付けている。しかし、浜値が高すぎ、産地荷受けも仲買人さえもこの値段でも儲からないと言う。

旨み
 包丁を入れた瞬間、微かに立ち上がってくるいい香りは、切り終える頃には鼻先全体をゆっくりと大きく包みこんでいる。思わず胸一杯に吸い込んでいる。これぞ我が「大原のビワッ貝」の香りだ。鼻から、目から、口から肺へと、全身で吸い込んで行く。豊潤な香りは、みるからに食欲をそそる。一瞬、周辺が明るく、暖かくなったような気さえする。全く、職人冥利と言うものだ。贅沢に厚く包丁したヤツをゆっくりと噛み締めて行く。いい香りはさらに高く、べっとりと舌を包み込んでくる。ちょっとミルクっぽい濃厚な旨みは益々強く、優しく広がってくる。噛むと歯に粘りついてくるような触感は独特だ。これはゼラチン質のネバリなのだ。
 最高の大原の特マタのビワッ貝は、ゼラチン質をたっぷりと内包し、身肉の中まで見事にビワ色をしている。まるでアワビのスープのエッセンスが濃縮されているかのようだ。握りすしにしても旨いのだが、その本領発揮はたっぷりと厚めに包丁を入れ、そのまま贅沢にゆっくりと噛みしめるところにある。大原の特マタのビワッ貝に出合った幸運な時には、ぜひともその極致を愉しんでほしい。握りすしでは薄く切らざるをえないではないか。

加熱調理されたアワビの旨み

 多くの人達が、「とっても柔らかくて旨い」と言う表現の仕方をする。しかし、柔らかさだけが旨さの全てではなく、深く濃厚な香りと、ちょっとミルクっぽいような強い甘みこそがアワビ料理の旨さの真髄とされなければならない。この旨さを愉しむにはアワビの素材を厳選しなければならない。その全てを内包し備えているのが「大原の特マタのビワッ貝」なのである。メガイは柔らかいが甘みと香りに欠け、クロエゾアワビの大きいヤツは香り甘みはそこそこあるのだが、柔らかさが少し足りないようだ。
 中国料理に使われるエゾアワビの干アワビは見事に柔らかいが、甘みと香りが大きく欠けている。当店の「特マタ」の旨さには遥かにかなわないはずである。比較の対象が全く異なるのだから。「特マタ」での干アワビの加工は昔にはあったのだというが、漁獲量の激減と高価過ぎるために、さすがの中国料理界も手を出してこないのが現状のようだと言われる。しかし、あの高い値段をとる高級中華料理店達にとって、決して高嶺の花ではないと思うのだが。

肝の旨み
 外房のアワビは肝も旨い。「特マタ」「大クロ」の肝は特に旨い。海草の香りが強く、ネットリと粘着性もあり、歯にベットリとまとわりついてくる。黒い肝はいかにも精がつきそうである。晩秋の禁漁期に定置網にかかった産卵の準備に入ったアワビは、黒い肝の回りに白く薄黄色の精巣と、深緑色の卵巣とを分厚くまとうようになる。包丁を入れて断面図を見ると、黒い本来の肝は中心に小さく残り、その回りに大きくたっぷりとした精巣、卵巣を分厚く身に纏うようになる。この時期の肝が美味しい。美味美味! 生のままのぶつ切りでワサビと醤油が旨い。ポン酢醤油も旨い。煮ても蒸しても握っても旨い。殻ごと酒と醤油で焼いても旨い。貝の焼ける匂いはさらにも増して食欲を誘い、酒の肴の極上品となる。

メガイアワビ

 貝殻がアワビの種類の中で一番薄く軽い。身肉の歩留りがよく、キロ単価も最も安価で、二重に安値である。マダカアワビの半値以下となる。生食する場合、アワビの種類の中では一番旨み、香り、身質の締りに欠けるのだが、加熱調理をすると見事に柔らかくなる。この特質により重宝されるが、マダカアワビの旨さには遥かに劣っている。香りと旨みが足りないのだ。

エゾアワビ

 三陸海岸から下北半島、新潟県から北海道にかけて分布している。生食すると持ち味が十分に発揮される。クロ、マダカ、メガイアワビよりはるかに生命力があり、身質も固くコリコリに締り易い。一度固く締めると3日間ぐらいその状態が長く持続し緩まないため、鮮度と旨さも持続しているように錯覚されている。ダメな店、ダメな職人達にとっては扱い易く、それゆえに春夏秋冬、一年中好まれて使われると言う不思議な現象が起きている。固いアワビが好みの人にはうってつけの最高のアワビなのだろう。そのための人気なのであろうか、クロアワビよりも20~30パーセントほど値が高く取り引きされる。
 エゾアワビは他のアワビよりもかなり小型のものが多いが、北海道産は全て型が小さい。青森県階上(はしかみ)、下北半島の大間では大型サイズのものが獲れ、旨みも強く珍重される。漁期以外にも密漁が多発し、産地での出荷調整も含めて、かなり前から通年大量に入荷してくる。国の補助金による定期的な種苗の放流にもかかわらず、乱獲による漁獲量の激減の状態が続いている。生命力が強く、環境への順応性も高いため、稚貝の放流には最適で全国的に放流され、漁獲されるようになってきている。
 昔、外房のマダカアワビ・メガイアワビによって加工されていた中華料理の輸出用干アワビ干鮑(かんぽう)は、両者の漁獲量の減少により、今では三陸の岩手県譜代、下北半島の先端、マグロの一本釣り漁で有名な大間の加工業者達によって、エゾアワビを使って加工されている。そして最近ではこのエゾアワビの減少と高値により、遂にアフリカのケープタウンからの輸入アワビも干鮑として加工されるようになっているという。

常磐のエゾアワビ

 九州から外房にかけてのクロ、マダカ、メガイアワビの分布は、茨城県から福島県にかけての常磐沿いを境にして、三陸・日本海側青森から北海道にかけてのエゾアワビの分布領域へと移って行く。そしてこの常磐地方の沿岸で獲れるアワビの生態が面白い。
 貝殻の形状はクロアワビとエゾアワビとの中間的な特色を持ちながら、身質の旨みはクロアワビに近く、固さ、締り具合はエゾアワビ的なのである。しかし抱卵、産卵時期から見ると明らかにクロアワビの仲間である。禁漁・漁期の規制もクロアワビに準じている。だから両者の混合種ということができる。築地市場ではむしろエゾアワビの仲間として扱われ、値段もそれにならってほぼ同一である。茨城県・大洗地方では大型サイズの良品が漁獲されるが、密漁が多発しているようである。

輸入アワビの現状

アフリカ ケープタウン産 漁期11月1日から翌年の6月末。今期予定数量550トン。予定数量に到達しない場合、漁期を繰り越すことがある。日本への活け込み入荷数量は約70トン。生命力は非常に強く、異常に長持ちする。身肉は太り、殻からはみ出している。国産のエゾアワビ系で、多少の甘みと香りがあるが身質が少し柔らかい。大衆店での刺身、ステーキに用いる。卸値は安く、キロ単価5,500円位。ケープタウン沿岸の海岸線には、アワビの漁場が豊富にあり、それらが目下ナンの取締規制もなしに大量に密漁されていると言う。最近では中華料理の干鮑としても加工されている。
オーストラリア産 ほとんど通年漁獲される。1ヵ月平均の活けものの入荷数量は約10トン。国産のメガイアワビ系で、身質はケープタウン産よりもさらに柔らかく、締りがない。甘み、香りにも欠ける。大衆店で刺身、ステーキ用に使用する。ナンと帝国ホテルのステーキハウスで使用されていた。
中国産 かつて大連から大量に入荷していたのだが、最近は高値となり、輸入されなくなった。

雑記
◎各産地において1年中密漁が多発し、築地市場には年間を通して各種アワビがまとまって入荷してくる。そのため各種アワビの種別・旬・漁期・産地等が不明確となってしまっている。
◎魚は鮮度と共に、熟成のための所要時間が必要であるが、アワビも含めて貝類の旨さは鮮度こそが全てでビンビンに活きているうちが最も旨い。
◎最近、市場に入荷してくるアワビが不必要に大量の海水を含んでいる事が多い。締める時に口に包丁を入れると、大量の水を吐き出してくる。産地での出荷調整のため、時には1ヵ月余りも水槽の中に入れられているからだ。また輸送中、仲買人の店頭でも鮮度を保つために水槽のブクブクの中に常に入れられ、さらに微妙な塩水濃度の違いにより海水を不要に飲んでしまうからである。少なくとも仲買人は昔のように水槽に入れずに陸干(おかっぽ)しの状態で、店頭で売ってもらいたい。
◎平成9年度。あまりの「特マタ」の不漁のため、1キロ級の大メガイ、大クロ、0.8キロ級の大エゾアワビを煮てみた。タップリと太った貝は、それぞれに甘み、香りがあった。将来特マタの良品が入手出来なくなった時、これらの貝を使うことになるのだろう。
平成10年、大原の特マタのビワ貝の入荷を乞うご期待!


図表の解説及び補説

◎図の「1,2,3,4,5」のアワビの種別は、貝殻を見ると簡単に識別する事が出来る。
◎図の「1,4,5」は表面の身肉の色による旨みの優劣はなく、全て同一味。
◎図の「1,4,5」の生食の場合、表面の身肉の色による、青貝は赤貝より美味は誤り。赤貝は柔らかく身の締まりに欠けるのは「2,3」のことで、大衆店では値段の安い「3」を刺身にすることがあり、「1,4,5」と混同され誤解されている。
◎青貝はオス、赤貝はメスは誤り。オスとメスは表面の色では識別できない。産卵期に黒い肝の回りに白い精巣が取り巻いてくるのがオスで、卵巣の色である青緑色になるのがメス。
◎図の「2」は各種アワビの中で、一番深場に生息。漁獲量が極端に少なく最高値を付けている。
◎「とこぶし」は別種であり、アワビではない。

産地と品質
◎図の「1,2,3」は外房産が特に優れ、値段も最高値を付ける。三浦半島、伊豆半島、紀伊半島が次いで、九州産は集荷のための産地止めと輸送時間の問題もあるが、多々痩せている事があり、香りも甘みも薄く安価。
◎図の「1」の外房産は刺身用に締めると香り高く、甘みが強い。肝もネットリとして甘く、他の産地のものよりも別格的に美味であり、最高品として評価される。
◎加熱調理すると最も旨さを発揮する「2」は1キロ以上になるとさらに身肉の旨み、香りが充実し、「特大マダカアワビ」、通称「特マタ」と呼ばれる。外房の、特に大原産が絶品とされる。その中でも表面の身肉がビワ色をしたものを「ビワッ貝」と尊称する。だから「2」の最高品は「特マタのビワッ貝」ということになる。加熱調理されたアワビの美味は柔らかさではない。芳醇な香りと濃厚な甘みこそ旨さの真髄なのである。この旨さは素材が天然自然に持っている旨さであり、素材を厳選することによってしか愉しむことは出来ない。
 漁獲量の激減のため、1994年5月より大原漁協では5年間資源の保護・再生のため、禁漁に入った。
◎図の「4」は養殖に適し、各地での稚貝の放流は「4」の稚貝を用いるため、最近では全国的に産するようになってきた。漁期、禁漁期を問わず、産地での密漁も含めて、築地市場には1年中絶え間なく入荷し、高値をつけている。
◎図の「4」は青森県下北半島最先端の大間、岩手県との県境、階上で最大級のサイズが獲れ美味。全体に「1,2,3,5」より小振りで、特に北海道産は小さい。水温のせいか?
◎図の「4」は中華料理の干鮑として加工され、香港等へ輸出される。(加工地 岩手県譜代、青森県大間)
◎図の「1,2,3,4」共に日本海産の築地への入荷は極少である。
◎全国的産地の拡大、禁漁期前後の浜止めによる出荷調整、密漁等により、「1,2,3,4,5」共に1年中入荷してくるが、各々旬の期間中が美味。
◎産地のセリ場では、マダカアワビとメガイアワビは一緒に「赤(アカ)」として同一視され、クロアワビは「青(アオ)」として区別される。「赤」の中に良質のマダカが多く混じる時には産地卸業者は秘かにニッコリということになる。
平成12年7月

↑この項のトップへ ↑この章のトップへ

赤貝(アカガイ)

「地玉」 その地元で獲れる赤貝。
「バチ赤」 夏場、千葉県九十九里で獲れる別種の赤貝。
「本玉」 バチ赤貝に対して、本玉。
 かつて、東京では、地方から輸送されてくる「旅もの」の魚介類に対して、東京湾で獲れるものを「地もの」として区別してきた。赤貝は別称「玉」とも呼ばれ、内湾の検見川、本牧沖等とれたものを、江戸前の「地玉」と称し、最高級品として珍重した。
 この赤貝は夏場に九十九里浜であがる「バチ赤」に対して、「本玉」と称され区別される。しかしこの江戸前の「本玉」は1960年代に絶滅してしまった。初夏の頃、現在、小柴から入荷する赤貝は既に抱卵の状態で、身はやせて固く、色も鮮やかさに欠け、品質もかつての栄光はなく、旨みも足りない。


 中秋から春先きまでが旬である。
 各地の漁協によって漁期が異なる。初夏に抱卵、夏期産卵、海水温の上昇により、最近は半月~1ヵ月位、旬が遅くなっている。

産地
 最近、築地中央卸売市場に入荷する赤貝の産地。
(1)宮城県の閖上、荒浜、渡波漁協のある、仙台湾(閖上、渡波漁業協同組合行、参照)
(2)東京湾、小柴
(3)長崎県、小浜(小浜漁業協同組合行、参照)
(4)香川県、観音寺、丸亀
(5)愛媛県、今治
(6)青森県、陸奥湾
(7)三重県、大淀
(8)大分県、中津
(9)輸入ものには韓国、中国産がある

特色
(1)宮城県、閖上産 現在最も高品質の赤貝とされ、色も良く、身も太り、香りもある。漁期9月1日~6月30日。荒浜(亘理)は荒浜から仙台湾を漁場とし、閖上同様に品質が良い。 渡波は、仙台湾から金華山沖まで、品質は良いのだが、韓国産の稚貝の放流をも積極的に行っているため、品質のバラつきがある。
(2)東京湾、神奈川県、小柴 初夏の頃に集中的に漁をするため、抱卵の貝が多く、身がやせて固い。
(3)長崎県、小浜 春先きから初夏の頃に漁をする。大変良質の赤貝で、色も良く、身も太り、香り高く、柔らかく、純国産の赤貝である。
(4)香川県、観音寺、丸亀 春先きから初夏の頃に入荷。品質良い。
(5)愛媛県、今治 春先きから初夏の頃に入荷。量が少いが比較的品質が良い。
(6)青森県、陸奥湾 ほんのたまに入荷するが、かつて江戸前の赤貝と競った真赤な身質で、たっぷり太った香りの高い、毛足が長く黒っぽい殻の、大振りの赤貝は絶滅。別種のものがたまに入荷している。
(7)三重県、大淀 5月上旬より10月15日までが漁期で、6~7月が最盛期だが、身質がやせていて軽く、色、香りとも劣るようだ。
(8)大分県中津 最近入荷見かけず。
(9)中国・韓国 鮮度、色合い、旨み、香り共に劣る。

 海の汚染と海水温の上昇、乱獲等により、漁獲量は激減。その年のプランクトンの発生状況によっても大きく影響を受け、品質自体も年により格差が生じる。又、産地によっては稚貝の放流により、漁獲量の維持に努めている漁協もある。
 良質の赤貝がとれる産地で、鮮度維持と称して塩分濃度の低い海水に一晩浸けることにより、結果的に目方の増量を計る、悪質商法にも似たやり方が流行っている。赤貝が目一杯水を吸い、品質を不要にダメにしている。魚介も箱に産地、漁協、生産者(漁師)名を明示すべきである

旨み
 赤貝は、すし屋の貝ネタの中で一番人気のある貝である。良質なものには生体反応によるしなやかな歯ごたえと、赤貝特有の微かな渋みを持つほのかな甘み、加えて磯の香りと鮮やかな朱色をしている。この辺が人気の秘密である。名称も一番ポピュラーであり、すし屋の扱う貝の代名詞のようになっている。
 赤貝の渋みは、キッチリと塩もみをすることにより極力取り除くことができる。しかし、微かな渋みは、甘みに通じ、これも旨みの一つである。
 酢洗すると、この渋みを完全に取り去ることが出来る。酢洗いはかつての衛生上の知恵であるが、流通、保冷、保存の進歩により、旨さのとり方にも、合理的な変更をもたらされている。

ヒモ
 貝の舌である「身」自体も美味だが、外套被膜の「ヒモ」はさらに香り強く立ち上がり、噛めば噛む程、快い歯ごたえと甘みが広がり、美味である。貝類の「ヒモ」の中では唯一例外的に高く評価され、贔屓が多い。


 灰黒色をした肝は、さっと霜降りをし、上質の醤油又はポン酢をからめ、最高のワサビをチョイとのせて食すと、みごとな酒の肴となる。しかし、最近赤貝に異変が生じ、見境のない人間みたいに、1年中ダラダラと肝の周辺に卵を持っているヤツが混じる。卵は危険で、安全のため、結局全ての肝を遠慮することになる。なんてこった。
 環境ホルモンと呼ばれる化学物質による生殖異変か?。 海水温の上昇も一因とのことだが、現地では赤貝の卵が1年中存在すると言うことは、今だ確認されていないようだ。      平成10年2月

↑この項のトップへ ↑この章のトップへ

宮城県、閖上漁協 行
          平成7年2月11日

 閖上は仙台市南東、仙台湾の西岸奥に位置し、三陸産赤貝の最大の名産地として知られている。江戸前の赤貝の絶滅後、国産赤貝の最後の砦として知られ、その品質は、東京のすし屋にとって、常に最高品として評価されてきた。しかし、最近漁獲量の激減と共に、品質の変化、劣化が徐々に生じてきているようである。

課題
(1)輸入稚貝の放流の状況。
(2)貝殻の質の相違の混在はなぜか。
(3)最近、妙に水っぽくビタビタの身質のものが多いのはなぜか。
(4)かつてのように貝殻に泥の付着がなく、きれいなのはなぜか。
(5)肝の周辺に1年中卵が混在するのはなぜか。

漁業協同組合
閖上漁協…漁船、30艘。漁獲量、1日、300~400キロ(1艘30キロ前後)1ヵ月稼働日数、約15~16日。
漁期…9月1日~6月30日(7月、8月、産卵期のため禁漁)
漁場…漁港の前浜から仙台湾にかけ、水深20~30メートルの砂泥地、仙台方面のものは深場のため殻が厚くなる。
漁法…マンガン漁(ケタ漁)
◎1ケタの歯は23~25コ。そのケタを、船の左右、後方に3コ付ける。そのケタで海底を掘り起こし、ケタの後方についている網で拾い獲る。
◎舌切り 水温が高いと舌(身肉)を長く出しているので、ケタ引きの船足が早いと、舌を切り、価値がなくなってしまう。(赤貝の「身」の部分は「舌」という)

貝殻の表情の変化と、身質の違い
 海底の砂泥表面で波にころがされている貝は貝殻の毛が少なく、白っぽく、身も軽く、やせて、色の発色も少し悪いことがある。砂泥の中にいるものは毛足が長く身も太り、色も朱色をして赤っぽく、鮮かである。そのために、底引き網漁ではなく、ケタ漁が必要となるのである。
 深場の貝は殻が厚くなる(仙台方面)。
 貝殻に付着している稚貝は放流する。(原則的に輸入貝の放流なし?)
 塩釜の水産事務所に稚貝の放流は必ず報告する、とのことである。9月~10月頃は殻が白っぽく身入りが悪い。

漁と入札
サイズ…(1)特大上 (2)特大(特玉)1キロで5、6個 (最高値を付ける) (3)大上 (4)大
 1艘の水揚げごとに入札。サイズ、良否、バラバラの状態のものを入札する。産地仲卸が入札してからサイズ別に選別する。漁師の能力により、かなりの差がある。朝6時出漁、2時まで、3時頃入港。翌朝入札。
◎最近の地玉には泥の付着なし。きれいに水洗いをする。海水で泥を落とし、漁師によっては翌日の朝まで海水に浸けておき、貝に水を飲ませてしまう。目方の増量となり貝が水っぽくなって水貝の原因となる。本来は砂泥と一緒に保管した方が貝には親切である。水貝=量目の増加=身と肝がビチャビチャになる=品質の劣化
◎卵持ちの赤貝が通年混在するのは、海水温の上昇のためだと言う。
◎平成10年には、環境ホルモンの影響がマスコミにより言われ始めた。

平成10年現況
 昭和30年代~40年代最盛期の漁獲量は望むべくもなく、激減している。漁船も減少、漁師の老年化がみられる。浜値は高くキロ3,300~3,400円、仲卸し手数料キロ単価で350円位。築地セリ値3,800円位。産地仲買人7~8名。産地仲買人は、商売としての「うま味」は少ないと言う。
 平成7年は1月25日~2月10日頃 最高品質の状態に成長。

出荷産地
築地(5時間)、新潟、金沢、茨城、成田(金沢へは泥付きのまま出荷している)

↑この項のトップへ ↑この章のトップへ

渡波(わたのは)の赤貝 宮城県渡波漁協 行
          平成7年2月11日

 渡波は、仙台湾の北端にある石巻港のさらに少し北端、万石浦に面する漁港である。

渡波漁業協同組合
 かつての38艘から現在では20艘に減少、1艘3人~4人で操業、朝~夕方まで出漁、1日の入荷量500~600キロ、1艘30~40キロ平均。大漁時で100キロ、入札金額キロ3,100~2,900円

漁期
9月1日~6月30日(7月~8月禁漁)
漁場
 仙台湾から金華山沖まで。昭和30年代には青森県の陸奥湾にまで漁に行ったが、今では採算が合わず中止。水深20~60メートル、漁港の前浜の万石浦でも少しやる。3月~4月頃、カキ棚を上げた後の、棚下の赤貝をとる。良質品が獲れる。
 仙台湾では10月~2月頃までは、海苔棚とカキ棚のため浅場では操業できず、50~60メートル水深の漁場が中心となる。深場の赤貝は殻が厚目で白っぽく、身質が固めとなり、色も少し赤黒っぽくなる。水温が慢性的に高くなってきており、貝の身入りが良く、コンスタントに獲れるようになった。
漁法
マンガン漁(ケタ漁)定置網漁 刺網漁 延縄漁
 ケタの「つめ」の間隔が昔より小さ目になってきている。(小さい貝も一網打尽。漁場の保護、育成、維持の意識が低下してきている)
稚貝の放流
 貝に付着している稚貝及び築地より輸入稚貝を買い入れ、定期的にまいている。

貝殻の表情の変化と身質の違い
 カキ棚の下にはバクダン級1個1キロ位の特大のものが混じる。沖の水深の60メートル位の赤貝は身質が固めとなり、色も少し赤黒っぽくなる。浅場の赤貝は殻質薄く、横長で毛足が長く黒っぽい。身は鮮やかな朱赤色で、肉厚で太り、香り高い。最近極少になった。
入札
 30年代は1日1トン位の漁獲量があり、泥つきのまま穴の開いた「樽」に入れ翌朝まで保存、そのまま入札。最近は海水で泥を洗い、半日海水に浸けておき、翌朝入札(大漁時で100キロ、入札金額キロ3,100~2,900円)。そのため貝が水を吸い目方は増えるが、水玉となり、品質を落としている。北陸方面へは新たに泥をぬって出荷。
サイズ
  特大(キロ3~4個)。 最上(キロ7~8個)。 大(キロ 12~13個)。
出荷先
  築地まで、トラック便で、7時間位。「追っかけ」である。

閖上と渡波の赤貝の比較
 20年前頃まで、三陸産赤貝の名産地として両者は共に名を馳せていた。近年、渡波の赤貝名は全く耳にしなくなった。三陸産の赤貝は、閖上の名声の中に一括され、埋没してしまっているのである。
 閖上産は、渡波より浅場の好漁場を持ち、殻、色、身質ともに、かつての閖上産をかなりの状態で維持しているが、渡波産は近年、とみに品質の変化がみられるようだ。
 漁獲量の激減による漁場の深場への移行、輸入稚貝の放流による他所貝の混在、水貝の出荷等により、品質にバラつきが生じ評価を落としているのである。
 近年、渡波、閖上漁協共に生産者(漁師)に常時最高品質の赤貝を出荷する意志が欠けている。最近のビチャビチャに海水を吸い、水貝と化した赤貝は不評である。目方の増量によって売上総額を増加させるのではなく、正当な値上げであれば、キロ単価を上げるべきで、品質を落としてはいけない。出荷箱に産地、漁協、生産者(漁師)名を明記すべきである。
かつての、栄光の三陸の赤貝に誇りを持ってもらいたい。      平成10年2月

↑この項のトップへ ↑この章のトップへ

長崎県橘湾 小浜漁協(長崎県南高来郡小浜町)行
          平成10年7月18日

 近年、どういうわけか6月頃になると、九州からいい赤貝が入荷してくる。赤貝の旬は、中秋からせいぜい春先頃までだ。5月頃になると卵巣が大きくなり、仙台湾の地玉ももう身が痩せ始め、使い物にならなくなってしまう。ところがこの赤貝は、6月頃にそこそこいい身質で突如、築地に入荷、登場してくるのだ。
 この赤貝は、最近品質が落ちてきている仙台湾の地玉の平均よりははるかに良質なことがあり、色は朱色でやさしく、身肉も柔らかく香りがあり、美味いのである。かって、東京湾で獲られていた本物の地玉の美味さに近いものがある。
 この赤貝はなンなンだ。どこの産地で、どんな生態で、誰が、どんな出荷方法で送ってくるのか。
 この赤貝は、長崎県小浜のものだと言う。小浜の魚なんて聞いたこともない。築地市場では全く無名の産地だ。この小浜の赤貝をもっとよく知るために7月の連休を利用し、出かけることにした。

 平成10年7月18日。長崎空港より諫早経由、小浜着。小浜は北東に活火山、普賢岳・雲仙を望み、湯量日本一を誇る温泉街で、橘湾の西奥にあり、海水浴場としても有名である。橘湾は、西は長崎半島に達し、北は諫早、南は天草灘に接するかなり広大な湾である。小浜は橘湾西奥部に面する漁村である。
 午前11時半。小浜漁協にて、田中参事より「地の赤貝」の生態と漁獲状況について勉強。
 小浜は当然、仙台湾よりは早く水温が高くなり、産卵も早い。4月~5月頃には産卵が始まる。そして6月にはもう身肉が戻り始め、7月にはかなり身が戻っている。小浜漁協の赤貝は、ちょうどこの身肉が戻り始めた頃に東京へ出荷されてくるのだった。かっては2~3年に一度だけの赤貝漁であったが、この5~6年前からやっと毎年漁をするようになった。
 漁期は5月~8月。平成10年は7月1日が解禁日であった。今年は仙台湾の赤貝が早めにダメになり、4月下旬にはもう身質が悪くなってしまったため、小浜の解禁が待ちどうしく早々に使い始めた。しかしどうしたことか、今年の小浜は、身質がやせ、色も悪い。サイズまで不揃いだ。さらにその後入荷が途切れてしまった。今年は漁を中止したみたいだと言う情報が入る。一体全体どうなっているのか。
 小浜漁協では、築地市場での悪評に反応、今年の漁は、残念ながら中止にしたと言う。今年は、ことさらに水温が高かったらしい。漁場と資源保護のための中止だ。この決断の早さは凄いと言うしかない。見事だ。
 では、小浜漁協とは、いかなる漁協なのか。

小浜漁協
組合員数 380名
漁法 定置網漁(アジ、イナダ、アオリイカ、他)
   底引き網漁(赤海老、ブドウ海老、星カレイ、平目、コウイカ、他)
   刺し網漁(アオリイカ、キス、車海老、他)
   2艘引きケタ漁(赤貝、トリ貝、ハマグリ、他)~普通のケタ漁は禁止。
   巻き網漁(カタクチイワシ)
   ほこ突き漁(アワビ、サザエ、ナマコ)
赤貝の漁期 5月~8月
◎赤貝は初漁時、1日平均500キロ程。後、少しずつ増えて行く。底引き網漁の32名の漁師たちの内、20名が赤貝漁に従事する。 
◎小浜漁協では、釣り漁はおこなわない。
◎底引き網漁 10月、小さい「赤海老」 「ブドウ海老」を煮出し加工用に11月~2月、この小さい海老達を真鯛の餌用として大量に漁獲する。海老漁は小浜漁協、最大の主役である。
◎ほこ突き漁 アワビ、8月から12月20日まで禁漁。12月21日から3月末まで解禁。
◎最近250キロ~300キロ級のイルカの群れが発生、毎日自分の体重の1.5倍~2倍の餌の魚を食べ、漁場を荒らし魚を追い散らすため漁師たちの深刻な天敵となっている。観光用にイルカウオッチングが流行っている。

 午後2時。生け簀割烹料理店「楽水」にて昼酒と遅目の昼食。活け造り料理満タン。
 夜、小浜温泉「つたや旅館」泊。またまた活け造り料理尽くし。活け造り料理は二食続けるともうたくさん、辟易してしまうことになる。
◎赤貝の美味さは、地元では全く評価されず、ほとんど食べない。料理店、旅館でも使用しないと言う。
◎赤貝漁は、小浜漁協では脇役である。他の魚介類の漁獲のはざまに、ほんの一時期行われるため漁期が変則的なのである。この赤貝を晩秋から冬場にかけて漁獲し、出荷してくれば、高く評価されいい値が付くことだろう。

↑この項のトップへ ↑この章のトップへ

みる貝(ミルガイ)

平成10年現況
 平成10年10月20日。毎年この時期に入ると、愛知県の知多湾、三河湾、渥美半島・伊良湖の潜水漁の「みる貝」が良化してくる。水温の低下と、海底の透明化に伴い、漁獲量も増えてくるのである。築地には良質のみる貝が次々と入荷し、活況を呈してくる。
 しかし、今年は旬の到来が大幅に遅れ、入荷量も極めて少ない。肝は未だに小さく、身肉(水管)も痩せている。しかし、いくらなんでも遅すぎる。これは産地で、大変な異変が起こっているに違いない。
 渥美半島伊良湖の産地荷受けで、年来の知人「山本水産」社長、山本国彦氏に久々に電話をして事情を聞いてみた。
 「今年は、海水温が、例年よりなんと2度も高く、やっとここにきて少し下がってきたところだ。それに台風による大量の雨水は、海水濃度に大きな変化をもたらしている。それも身質の成長と漁獲の遅れになっているのだろう」という。広島では、海水温の上昇が原因で、赤潮が発生し、養殖の牡蠣がほぼ全滅の状態となっているという。
 みる貝は、砂泥地帯の海底に貝を縦にして潜っている。水温が下がってくると水管(芽)を海底上に伸ばし、プランクトンなどの餌を活発に食べて成長し、太ってくるのである。水温の高い夏場には、この水管を海底に潜らしてしまっているという。潜水漁で獲る「みる貝漁」は、水深20メートル位の海底を、潜水夫は立ったままの姿勢で、この伸びた水管(芽)を目印にして獲ってゆくのである。だから水温が下がってこないと、水の透明度も悪いし、みる貝も砂泥の中に潜ってしまっているので二重に見つけにくく、「みる貝漁」は量がまとまらないのだという。
 夏以来、細々と続けてきた漁が、先週辺りからやっと水温が少し下がり、水も少し澄み始めたため、やっと量がまとまり始めたところだという。その矢先、韓国産の安価なみる貝が大量に入荷し始め、その安値に引きずられて値崩れしてしまい、産地としては、漁獲を押さえ、出荷調整しているところだという。そして来月早々には身肉も太り、最盛期に入って行くだろうとの話であった。
 しかし、近年、最高級品として、最高値がつけられる渥美・伊良湖近辺のみる貝は、秋口から翌年の春先にかけて、大量に入荷して来る韓国産のみる貝に、漁獲量、値段の面では全く対抗できない状態となっている。
 そのため、この時期には極力漁獲量を押さえ、韓国産及び瀬戸内の各産地の入荷が減少してくる翌年の5月から7月にかけ、8月の漁獲量の激減期までの約3ヵ月間を勝負として集中的に出荷してくるようになった。
 韓国産のみる貝は、この数年、鮮度、品質ともに最高の状態で入荷してくるようになった。しかし、旨さ、甘さの味の面では渥美・伊良湖産ははるかに優れ、最高品として評価されている。

産卵と旬
 みる貝は年に2回産卵期があるといわれる。春先の3月頃と、中秋の10月頃である。だから、産卵期を基準に旬を特定すると、みる貝には、旬が2回あることになる。そしてみる貝は産卵直前まで美味であるため、その旬は1月~3月頃と9月~10月頃の年に2回あることになる。しかし、今年の旬は、水温の関係で、それぞれ1ヵ月から1ヵ月半の遅れを見せている。
 かくしてみる貝は、とり貝、牡蠣と共に、年に2回の産卵時期があるのだが(同一の貝が2回産卵するのではなく、別の貝が時期をずらして産卵しているらしい)、これらの貝は、共に目いっぱいの抱卵の時期に向かって、その身肉も同時に厚く太ってゆき最盛期となって行く。
 身肉が卵の成長に負けずに一緒に成長してゆき、旨さも最盛期に入って行くのである。これらの貝は、最盛期の卵を包含した肝も食べることが出来、非常に旨い。逆に、赤貝、青柳、蛤は、卵の成長と共に、身肉が痩せて行き、共にその卵の最盛期には、卵とその肝の食用は危険である。

旨み

 旬の到来と共に、次第に肝が肥大してくる。美味の部位として珍重される水管は、見事に身肉が厚く太り、甘みを増してくる。コリコリと、音を立てるような噛み心地と、チョット癖があるが噛む毎に増してくる、海の香りを感じさせる強い甘みは、みる貝独自の旨さである。しかし、鮮度の落ちと共に身肉が柔らかくなり、歯ごたえもなくなってゆく。さらに、みる貝特有の臭みも出てきて不味くなってくる。
 この貝は、鮮度が勝負なのである。肝を包含している通称「みる舌」と呼ばれる部位も旨い。抱卵のため、あふれるばかりに肥大化したみる舌は、付け焼きにすると独特の旨さを発揮してくる。肥大化した肝の中には、当然卵巣も含まれている。みる貝の肝は産卵直前のパンパンの状態ででも食用ができ、その上、見事に旨いのである。
  
「江戸前のみる貝」の再登場
 かつて、東京湾内湾は貝類の宝庫であった。赤貝、みる貝、ハマグリ、平貝、とり貝、アオヤギ、アサリ等豊饒の海には全ての貝達が揃っていたのである。しかし、1950年代後半から、次第に減少していったこれらの貝類は、60年から70年代にかけて激減し、その後、とり貝、アオヤギ、アサリを除き、ほぼ絶滅してしまったのである。
 平成8年。今から2年前(1996年)の3月10日、突如、素晴らしいみる貝が入荷してきた。水管は見事に厚く太り、みる舌は見事に肝でいっぱいに膨らんでいた。貝殻の表面は、黒い皮膜の間がべっこう色に染められていた。
 あの最高品の渥美産とはちょっと違う。倉敷産でも明石産でもない、宇部産ではさらさらない。どこのみる貝なんだ? 見事に肥満の水管は、コリコリと音を立て、甘みは、鮮烈に口の中に広がってゆく。何処のみる貝なんだこれは?
 このみる貝がなんと、あの栄光の「江戸前のみる貝」の再来だったのである。20数年振りの、江戸前のみる貝の颯爽とした再登場であった。
 このみる貝は、千葉県富津の潜水漁ものであるが、漁場は明かされず、漁師の秘密とされた。かなりの量が継続的に漁獲され、入荷してきた。継続的入荷は有難く、感動ものであったのだが、これでは、根こそぎで、来年がだめになってしまうと心配したほどであった。しかし、旨い具合に水温の上昇と共にやってくるプランクトンの増大は、水質を濁らせ、海底の透明度を極端に悪くさせる。そしてみる貝は海底に芽をひっこめてしまい、潜水漁での漁獲は非常に難しくなって行く。効率が悪くなってくると、漁師たちは別の魚介類の漁へとドライに移っていってしまうのである。そしてその結果的として、7月の半ば頃には、江戸前のみる貝は終漁となった。
 翌平成9年。春爛漫のさなかの4月16日、再び待望の初入荷であった。心配されたみる貝は、量こそ減少したものの、無事入荷してきた。歯応え良し、甘み見事に強く良し。やはり最高のみる貝であった。
 しかし、なんで入荷が4月頃からなのだろう。晩秋から冬場は、なぜ獲ってくれないのだろうか。この謎は簡単明瞭であった。富津では、潜水漁の漁師達が、とり貝漁の最中に偶然、漁場を発見したのだと言う。だから、とり貝漁の片手間のかたちで獲っているらしい。近年の富津近辺の、とり貝漁の不作の穴を埋めて余りある宝物探しとなったわけである。断続的にではあるが、7月16日まで漁が続いた。
 そして今年、平成10年。今年は年初から、全国的に魚介類の大異変が続いているのだが、富津産のみる貝も例外ではなかった。漁獲量は極端に少なく、漁も続かず、継続して使えない状態であった。4月27日より始まり、6月26日の終漁まで、10数回しか入荷がなかったのである。「富津産の江戸前のみる貝」の存在と価値を知っているすし屋達が密かに使ったに過ぎない。来年は入荷するのだろうか、1年毎が、貴重な1年であり、栄光の江戸前のみる貝の消息が心配される。

産地
 みる貝は、産地によって漁期が異なり、旨さにも微妙に違いがある。それはまた、見事に価格にも反映されているものなのである。

千葉県富津 絶滅の危機の中から、奇跡的な復活を遂げた栄光のみる貝で、水管の肉の厚さ太り具合、旨さ、歯応え、全てに申し分なく、その貴重性からも高値・最高値をつける。漁期の制限は特にない。基本的にはとり貝の漁期と重なる。

愛知県三河湾、渥美半島伊良湖 三河湾、伊良湖産のみる貝は、江戸前のみる貝に匹敵する旨さを持っているため、東京のすし屋の間では、非常に高く評価され、江戸前のみる貝亡き後の主役となっている。値段も最高値をつけることが多い。みる貝の潜水漁は、東京湾をも含めて、普通は船上よりポンプで空気を送り、その空気を吸いながら、潜水夫は海底で漁をするのである。最近はスキューバダイビングの進歩により、圧縮空気の入ったタンクを背負うことにより、画期的に行動範囲が広くなった。
 そのため一部の地域、三河湾、伊良湖近辺では、密漁も含めて、漁師、その他による乱獲が行なわれて来た。 
 この状況はかってみる貝が大暴騰した頃に始まったのであるが、愛知県では、禁漁期の制限がないため、みる貝が激減しているのが現状である。夏場を除き、通年漁獲されるのであるが、他の産地との競合の少ない、5月、6月、7月が漁獲と出荷の最盛期となる。         

瀬戸内海 漁期は冬場だけで他の時期には獲らない。
兵庫県明石 江戸前に次ぐ名産地で甘みの強い、旨い貝であったが、近年の入荷はごくたまにしかない。絶滅に近い状態なのかもしれない。

岡山県倉敷・下津井 江戸前、明石に次ぐ産地である。品質が良く、高値である。漁獲量は激減している。近年継続的には入荷していない。明石同様の状態にある。

山口県宇部 乱獲競争のため、サイズの小さいものが多く、身肉も薄く、甘みも足りない。値は安い。

広島県、香川県、愛媛県 産地名の詳細は不明。品質の高い、旨く、良いものが獲られている。

大分県国東半島・国見、姫島 博多など九州方面で消費され、東京へは入荷してこない。品質、値段は不明。漁期は、冬場だけとなる。

三重県伊勢、小浜 伊勢産は、4、5年前、晩秋から冬場にかけて、かなりの量が入荷してきたが、最近は全く入荷がなくなっている。小浜産は、今年、初夏から夏場にかけて築地へ入荷してきた。今期初入荷か? 甘みが少し足らない。漁期は冬場だけとなる。

韓国 一年中入荷するのだが、10月の上旬から、半ば頃より輸入による入荷が始まる。夏場は輸送中に鮮度落ちの可能性が大きく、入荷量は、極端に少なくなる。品質的にもかなり落ちてしまうことになる。
 晩秋から冬場にかけて最高の状態となるが、輸送の時間が長いため身肉が痩せ気味のことがある。産地により、みる貝特有の臭みが少し強く、身も固く、甘みも少し足りないものがある。値段は安く、渥美産の半値ぐらいで取引される。貝殻の表面の形、色は国産品と全く変わらず、識別は難しい。国産品と混ぜて売られることがありうる。識別は、流通過程での商売人の良心と、料理人がしっかり食べて味わうしかない。
 平成10年は、10月1日より入荷が始まったのだが、今期の韓国産は、昨年同様、例年になく良質のものが多く、11月初めには最盛期に入り、見事に太り、愛知ものを脅かしている。

丸鮮商事(山口県下関市)…韓国より魚介類を輸入している産地荷受けであり、今年の情報をいただいた。
取り扱い品 赤貝、みる貝、とり貝、サザエ、イシガキ貝。
みる貝の産地 鎮海湾、麗水、三千浦。赤貝ともに鎮海産が優れ、全て潜水漁である。
輸送 産地より空輸便で、直接成田経由にて築地に入荷するものと、フェリーで一晩で下関に入荷するものとがある。生け簀に放ち、品質を選別しながら、各地へ出荷する。
産卵 3月と10月。3月の放卵後は、4月から5月にかけて、水温の上昇が激しくなり、身質も悪く、鮮度の維持も難しくなるため、4月の半ば頃より10月の始めにかけて、入荷をストップさせることになる。

卸値
 江戸前のみる貝が減少、絶滅していった頃より、各地のみる貝は次々と暴騰していった。通常でもキロ単価5,000~6,000円しているものが、特に夏場の漁の少ない頃には、キロ単価1万円近くつくことがあった。使い勝手が良く、味の良い700グラム級のもので、キロ単価6,000円だと1個4,200円。キロ単価1万円になると、1個7,000円。このサイズだと、握りは、4貫どりから6貫どりとなるのであるが、6貫どりとしても、キロ6,000円だと、単純に一握り、原価700円につく。1万円だと1,200円近くにもついてしまうことになる。
 だから、「みる貝」は値段の高い最高級貝なのである。一握り単価では、あの高級品で高いと思われている「あわび」よりも、「赤貝」よりも高い貝なのである。知られざる最高級貝なのである。
 しかし、バブルの崩壊と共に、みる貝も暴落した。キロ単価3,000円から5,000円くらいに落ち着いている。みる貝が比較的楽に、愉しめるようになってきている。

代替品の登場
 みる貝の大暴騰時、海外より代替品が登場してきた。アメリカ、カナダより輸入された極安の冷凍品の「グイタック」。
 国産品としては、それまで産地の漁師達が見向きもせず、見捨てられていた通称「白みる」それぞれ格安の値段が歓迎され、大衆店で大々的に使われていった。しかし、姿形は少し似てはいるが、旨さの点では全く別個の貝である。本来のみる貝とは根本的に比較の対象にならないほど味の差のある貝なのである。「グイタック」、「白みる」の登場により、本来のみる貝は「本みる」と呼ばれるようになった。
 平成10年11月5日。今期の韓国産みる貝は、甘みが少し足りないとはいえその品質は見事である。渥美産のみる貝の入荷があまりにも少なく良品の選別が難しいので、伊良湖の産地出荷業者である山本水産に、渥美産みる貝の直送を依頼したのだが、毎日の出荷では、いい品質のものが揃いきらないという。今期、築地市場は、韓国産に完全に席巻されてしまっているのである。やがて解禁となる山口県宇部産では、なおさら太刀打ちできないであろう。   平成10年11月

愛知県、渥美半島 伊良湖漁協
         平成14年6月19日(水)

「宮吉水産」久々の主役復帰 渥美のみる貝(伊良湖・篠島)

 昨年から今年、渥美半島、篠島から伊良湖近辺のミル貝が、例年になくかなり順調に入荷している。昨年の韓国での大雨は、海水濃度に変調をきたすほどであったと言う。さらにこの大雨による、田畑に大量に使用されていた化学肥料の流出が、魚介類に甚大な被害を及ぼしたと言われる。特に貝類に大きな影響を与え、近年にない韓国産の赤貝、ミル貝、青柳の大不漁の原因になった。
 夏が終り、ミル貝漁が盛んになってくる中秋の時期、この5年前頃から、韓国のミル貝が大量に入荷してくるようになった。空輸等による鮮度と品質の良化により、渥美半島のミル貝では価格的に全く太刀打ちが出来ず、市場を完全に席捲されてしまうことになった。初夏から夏に入り、韓国産の入荷が減少する頃まで、漁を止めてしまうというパターンを繰り返してきていた。だから今期は、渥美のミル貝漁の漁師達にとっては、願ってもない好機となったのだ。
 しかも今年のミル貝は例年になくサイズも良く揃い、身質も良好であり、最大のライバルである江戸前、千葉県富津産のミル貝の不漁も重なり、久々の高品質な渥美半島産ミル貝の主役復帰の独断場となった。
富津、渥美産のミル貝は、本来キロ単価5,000円から6,000円位、最高値では10,000円を付けることもあった。今年のような状況では、かなりの高値を付けてもおかしくはないのだが、景気低迷の中で、4,000円前後と底値安定を続けている。
ミル貝は、3月と10月に産卵すると言われる。
 2月半ば頃より持ち始めた卵は、毎年の習性通り、3月に入り、一斉に卵を成熟させていった。ミル貝は、他の貝類のように、卵の成熟により身肉が痩せるということがない。むしろ益々身肉が充実し、甘みもさらに強くなり、美味しくなってくる。そして産卵と共に身肉をげっそりと落としてゆく。
 今年は、6月20日になっても、まだミル貝達は卵を落としてゆかない。まだタップリと抱えている。それも全ての貝が皆同じ状態なのだ。これは大変な異変ではないか。
「貝の産卵は、水温と塩分濃度との関係による。今年は、この両者の関係に異常が生じ、産卵が遅れているのではないだろうか。」と宮吉水産は説明するのだが…。
 ニシ貝、黒バイ貝などにみられるメスのオス化現象を起こす、環境ホルモンの影響ではないことを願っている。

↑この項のトップへ ↑この章のトップへ

「殻付き」とり貝(トリガイ)

平成10年現況
 平成10年1月30日、小粒ながら、そこそこに身(舌)入りの良い「殻付き」とり貝が突如、築地市場に入荷してきた。愛知県常滑漁協の「試験獲り漁」のものだ。今年のとり貝の入荷の早さは少し異常なほどである。このとり貝は、以後2月17日まで続漁。2月18日からは三重県魚連の伊勢からも入荷。さらに、愛知県一色でも2月23日より続漁。3月早々の名残り雪にもめげず、とり貝は着々と成長を続けてきている。築地では、各地からの正式解禁による一斉入荷を待つのみとなった。
 試験獲り漁による貝の成育状況を見ると、特に伊勢ものは平成8年度の大豊漁年の再来以上の期待大である。
 東京湾内湾の真鰯の巻き網漁は、バブル経済のはじけと共に大不漁年に突入久しく、小柴の子持シャコの底引き網漁は、自然環境の絶望的破壊の連続による大不漁、富津のとり貝は絶滅の赤貝の二の舞を踏みつつあるという、東京湾内湾の春を告げる漁の全般的不振の中で、この数年、伊勢・大淀、知多半島・美浜、常滑、三河湾・一色のとり貝漁が、俄然健闘、今年も順調に入荷が始まる気配である。貝を剥くと目一杯つまった漆黒の身(舌)が、たおやかに飛び出してくる。いよいよ春の到来だ。
 3月8日、伊勢産が遂に解禁! 当日大時化、出漁不可。翌九日漁師たちは一斉に出漁。10日、築地初荷。少量ではあるが、みごとな「とり貝」である。身(舌)は太り、サイズも良し。身裏には真っ白な卵がベッタリと張り付き、みごとに甘みがあり、旨い。まるで旬最盛期の状態である。「盆と正月一緒に来たようだ!」。しかし、この早過ぎる身肉の成長の状態を見ると、産卵による終漁期が早まる可能性が大である。
 3月26日、伊勢ものは、卸値が2倍に暴騰する。知多、三河湾ものは漁獲が極めて少ない。伊勢ものは、良品なのだが数がまとまらないのである。なんと大漁年の予想をくつがえし、各地とも不漁年の様相を程し始めた。4月7日高値定着、良品少なし。4月半ば、千葉県富津漁協からは全く音沙汰なし。今年、東京湾内湾、全魚種共に大不漁年なり!

「殻付き」とり貝の登場と、旨さの進化現象
 悪ガキの頃、そろそろ暑くなり始めた6月、氷の冷蔵庫を開けると、決まってマッ黒な「とり貝」が入っていた。冷えた「とり貝」を鉄火味噌での盗み喰い、「ッたく、たまんネェー」旨さで、この辺が我が美食生活の春の目覚めだったようだ。
 15年前頃より、旬の盛りの生鮮とり貝の中に、何故か柔らかさと、甘み旨みの足りない産地加工ものが混じり始めた。原因は流通過程での冷気の霜降り、さらには言語道断にも品質の劣化と腐敗防止の安全流通のために、せっかくの生鮮ものを冷凍にしてしまっていたことにあった(これは許せない)。ちょうどその頃、生きている「殻付き」とり貝の入荷が知多半島の美浜から少量ながらも始まったのだった。しかし、この頃の「殻付き」とり貝は品質、鮮度共に不安定で、一定しなかった。とり貝はひ弱な貝で、生存環境条件がチョットでも狂うと、すぐに「お歯黒」を落とし、マツ白に変身してしまう。そしてペタペタに伸びて死んでしまう。
 その危険性ゆえに、貝の種類の中では、例外的に産地で仕込み、加工され、皿に並べられて出荷されるのであった。ところが、10年前頃よりほぼ完璧な状態での「殻付き」とり貝の築地市場への入荷が可能となってきた。まさに流通革命が生じたのだ。おかげで「殻付きの活きたイイとり貝」がすし屋の手に直に入ることになったのである。
 とり貝の旨さは、鮮度が勝負だ。ほぼ同じ鮮度での仕込み、加工が可能であるのならば、産地加工より消費地での加工の方が旨いに決まっている。さらには食す直前の仕込み、加工につきるのだが、生鮮での「殻付き」とり貝の入荷は、すし屋の調理場での仕込み、加工、調理を可能とさせたのである。かくして、とり貝の旨さのとり方が自在となった。江戸前のすし屋の仕事に、新たな仕事が増えることとなったのである。ガキの頃のいたずらの感動が、さらにも増して再来したのである。とり貝の世界では昨今の美味の衰退の中で例外的進化現象を見ることとなった。

旬の旨さと冷凍品による誤解と偏見
 本来十分な甘みと旨さとを持っている貝なのだが、3月から7月頃までの漁期を除き、他の月にはほぼ全て冷凍の貝が流通している。さらには、すし屋が出前すし用に、全く味のない紙のごとき冷凍貝を平気で使用したため、不味い貝の代名詞のようになってしまったのである。原価と仕込みの手間とを省くために、重宝に利用されたのである。最近、ウニ、イクラ、みる貝、車海老等、ピンからキリまで、味の落差の極めて大きなすしネタの増加横行の中、とり貝はその最たる古典ネタの一つとなってしまっているのである。一度当店の自家製、仕込み、加工、調理のとり貝を食せば、とり貝に対する全ての誤解と偏見は雲散霧消するはずである。

旨さの特色と特異性
 すしネタの中では、唯一漆黒の色合いを有する、特異で個性的な貝なのだが、柔らかさの中にしなやかな食感を有し、シャキシャキと心地よい噛み心地がある。噛む程に口中に広がる特有の甘さは軽く、サラッと初夏の味覚で「こんなんでチョイト昼酒なんザァー、こたえられネェー」というものだ。
 とり貝は好、不漁年の極めて激しい貝で、豊漁年には「湧く」という表現をされるほどに、大量に漁獲されるのだが、大豊漁年には産地加工、急速冷凍により大量に産地にストック、不漁年に備えるという高い投機性を持ち、一夜にして「とり貝御殿」の建つ世界であった。それ故に現在でも冷凍品の流通が、旬の最中にも日常的に発生し、生鮮の美味が知らされず、誤解されることが多い。
 ではこの「殻付き」とり貝という、とり貝の旨さを再認識させた革命的な流通を可能にした愛知県美浜漁協の美浜商会とは何者なのであろうか。

↑この項のトップへ ↑この章のトップへ

美浜漁協 美浜商会(愛知県知多半島美浜)行
          平成8年4月27、28日
課題
(1)とり貝漁の現場、漁法の確認。
(2)とり貝の加工工場の見学。加工技術の習得。
(3)この数年、東京湾内湾のとり貝漁は大不漁年である。量、品質共にダメで富津の産地荷受け加工業者は、三河湾、 知多半島、伊勢方面より「殻付き」とり貝を取り寄せ、加工し、江戸前のとり貝の名前で出荷しているほどである。
(4)知多半島最大手、とり貝の扱い量が日本一といわれる産地荷受加工業者の美浜商会とは?

 平成8年4月27日。知多半島先端、師崎港泊。風雨強し、春の嵐か。三河湾一望。対岸、渥美半島伊良湖。知多湾から三河湾、渥美半島、伊良湖水道にかけては魚種、漁獲量多く好漁場なり。眺望良し。
 翌朝午前9時、美浜漁協前事務所にて待ち合せ。人影全くなし。とり貝の朝漁にて全船出漁中。午前9時半頃、続々漁船帰港、全てとり貝漁、漁獲量好調なり。
 宿直日誌あり。「密漁船発見も、本日逃亡される」。夜間、密漁船の取り締まりのために警備船を出すのだと言う。
 午後、とり貝漁の名人、森川組合長の船に同乗、漁の方法、漁場の現状見学。質疑応答、収穫多大なり。
漁場
 美浜漁協は知多湾に面し、知多半島の中程に位置する。知多湾は3~10メートル位の浅海で小魚、貝類の宝庫である。貝漁は青柳、アサリ、とり貝、定置網にはカレイ、ワタリカニ、キス、スズキ、昔は星カレイも獲れたと言う。
 とり貝漁には最適の漁場で、江戸前同様、漆黒の色は艶やかで、身肉(舌)はやわらかく、しなやかで、甘みが強い。
とり貝の漁法
ケタ漁(マンガン漁) ポンプ吸入方法で、ポンプより強い水流を海底に吹きつけ砂泥と共に舞い上がった貝を後方のポンプで吸入してすくい獲る。船上に網を上げ、選別台の上で手作業で割れを取り除く、1バケツ山盛りで18キロ。本日森川漁協組合長の朝漁18キロ×48バケツ=810キロの漁獲量。今年は好調とのこと。
漁期
3月21日解禁、終漁は状況により多少変化すると言う。
漁の時間規制 朝漁…午前6時~9時 昼漁…午後1時~4時。
「殻付き」とり貝の出荷は昼漁のものを主体とする。鮮度が最大の勝負となるからである。
組合員…32名。本年度稼働船数26艘。来年は27艘か。

漁場、資源の保護育成

 資源保護と領海域の海底の手当のため、組合単位で協議し、漁期、時間、漁獲量等を規制している。各人の漁獲量は組合で一括管理し、各漁師の水揚げの総量を漁師総数で割ることとし、平均配分する。とり貝漁のベテランで名人でもある森川組合長の指導、試験掘り漁の結果により、貝の大小、肥痩等、多様の品質の貝を多海域で平均して漁獲し、組合員同志の競争を制限することにより、高品質のとり貝の獲れる海域の一方的荒廃を予防している。
◎ポンプ式ケタ漁は水産庁の認可制で、エンジンのサイズ、マンガンの巾(漁獲貝のサイズを規する)等の申請により認可されるが、認可されない年もあり、申請は重大な責任と役割を負う。
◎三河湾沿岸の大型船による密漁が多発。交替で毎夜検番をしている。
◎備前網漁 岡山備前から伝えられたという定置網漁で種々雑多な魚がとれる。ワタリカニ、カレイ、ヒラメ、スズキ、キス。

平成8年漁況

 平成7年は雨が少なく、プランクトンの発生が足りず、貝の成長が未熟であったが、水温が低く8月15日まで漁獲、出漁できた。
 平成8年は1月頃よりアオヤギ大発生のため、6月~9月にかけてのアサリ漁の邪魔にならぬよう、早々に青柳漁が始まる。3月21日がとり貝の解禁日だが、成長著しく、今年は2月中旬より漁が始まる。10年振りの大豊漁年で(プランクトンの大発生あり)身は厚く、甘み強く、しなやかな歯ごたえがあり、サイズも良し、美味なり。漁協活気あり。

加工

(1)貝をむき、身は塩水に落してゆく。塩水温度3度、比重15。身(舌)を開き、ワタは庖丁の背で軽くそぎ落す。塩水でサッと洗う。
(2)ボイル 80~90度。産地では保存、安全性強化のため強めにボイルをするが、少し軽目のほうが旨い。
◎知多半島美浜方式 洗いは、海水を使用するが、ボイルの際、酢酸、明礬は不用。漆黒色は落ちず定着する。 ボイルは白湯で可。   
◎千葉県富津方式 水は全て塩水、酢酸使用、とり貝には真水厳禁。
                
美浜漁協探訪、とり貝雑記
◎とり貝は前年の春から夏にかけて産卵された春貝と前々年の夏の終わりから中秋にかけて産卵された秋貝とがあり、一年生の春貝は柔らかく甘みが強く旨い。二年生の秋貝はサイズが大きく、身も厚く、見栄えは見事だが、身(舌)が固く、甘みが薄く、大味である。
◎とり貝の漁期は3月~7月頃だが、その他の時季(8月~11月頃にかけてが多い)に漁獲される大型のサイズのとり貝(銚子、若狭、能登、島根産)は秋貝である。見栄えが良く、立派だが、甘みが薄く、色は少し茶色っぽくなり、殻も厚い。だから、春貝と秋貝とでは、旬と産地が全く異なることになる。
◎とり貝は雨水に弱く大量の雨が海に流入すると大量に集団死することがある。少量の雨なら水深5~7メートル以上では真水は海面に浮いてしまうため影響はない。
◎とり貝は6~7メートル位の水深で砂場と泥場との中間に生息しているものが最良品となる。雨、川の真水の影響を受けにくく、プランクトンも豊富である。浅場のものは身も痩せている。

美浜商会と「殻付き」とり貝の出荷方法

 ボックス出荷という。「殻付き」とり貝の「活け」を海水と共に発泡スチロールの箱に密閉し出荷する。
 美浜商会が業界では初めて試み、出荷に成功したと言われる。しかし失敗は多々有った。海水温、比重、貝の鮮度と維持等、難問が続出し試行錯誤の連続だったと言う。それらの全てをクリアし、平成7年にはとり貝の扱い高では全国一の産地荷受け業者となった。海水の比重15度、海水温3度(氷よりアイスノンが可)、鮮度の問題では、朝漁よりも昼漁のもののほうが良く、昼漁のとり貝を出荷する。午後17時トラック便にて「追っかけ」出荷。約7時間後24時頃、築地市場着。翌朝セリ。

◎小生への、漁場全域にわたる案内と説明、質疑応答のため、昼漁をわざわざ休漁にして下さった森川漁協組合長に感謝します。
 当日加工場休業のため、帰港後、事務所内にて加工の一部始終を実演、説明、御教授くださった美浜商会社長に感謝します。       平成10年4月

↑この項のトップへ ↑この章のトップへ

茨城県波崎・銚子のトリ貝
      生態系を外した意外な産地のトリ貝の出現

  平成16年3月下旬に始まった船橋漁協出荷のトリ貝は、サイズが少々小さいながらも、例年に無く身肉がたっぷりと太り、大きな期待を持たせるものであった。しかし4月中旬、通常みられる急激な殻の成長もあまり無いうちに産卵が始まり、身肉が落ち、旨さの旬は終わっていった。
 4月下旬、船橋の旬の終わる頃、ちょうど入れ替わるようにして富津産の入荷が始まった。船橋の最盛期を引き継ぐように、しかももう一回りサイズを大きくしての登場であった。

 そして4月30日、東京湾内湾産トリ貝の久々の豊漁を愉しみながら目一杯の数量をこなしている最中に、突如としてさらに素晴らしいトリ貝が入荷してきた。あまりの素晴らしさに、最近では希に見る優れものの富津産をあえて裏切り、仕入れを乗り換えていった。
 春から初夏にかけて産卵する春貝の1年ものとしては、最大級で最高品質のトリ貝が、なんの前触れも無く突然入荷してきたのだ。身肉はたっぷりと厚く、心地好い歯応えを持ち、甘みの強い豊満な卵を抱えての華やかな登場であった。殻が薄茶色で、砂泥による汚れは全く無い。殻の中にも砂泥が入っているものは全くなく、見事な品質の勢揃いであった。
茨城県波崎産だと言う。

  しかし、いくら何でもこれは変ではないか。トリ貝は内湾の砂泥地帯に生息する貝で、殻の中に多々砂泥を噛んでいることが多い。千葉県船橋・富津、愛知県美浜・常滑、三重県香良洲・伊勢・鳥羽、京都府宮津・舞鶴、石川県七尾、全ての産地は内湾の砂泥地帯が漁場となっている。茨城県波崎は利根川の河口にあり、北には鹿島灘が控え、対岸の千葉県銚子の南側には九十九里浜を望むという典型的な外海の海域となっている。外海の海岸線でトリ貝が獲られるはずがないではないか。

  感動の仕入れと味見が続いた。お客さんにも大好評であった。実に10年ぶり位の感動的なトリ貝の仕事だった。しかし疑問は更に大きくなり、波崎漁協に電話を入れることになった。

「波崎漁協ではトリ貝は全く扱ったことがない。この漁域でトリ貝が獲られるはずがない」と言う。銚子漁協でも同じ回答であった。外川漁協の島長水産にも電話を入れたのだが、獲られるはずがないとまたまた同じ回答であった。築地の荷受けに繰り返し問い合わせると、夜間潜水漁で獲られたものが直接築地に送られてくるのだと言う。漁協を通さないのだ。だから漁協が全く関知していないのだ。しかし島長水産ほどの熟達の産地荷受けも知らないと言うのはどういう事なのだろうか。やがて出荷産地が波崎の他に銚子も加わってきた。利根川を挟んでの対岸同士なのだ。

  最高の状態での入荷はさらに順調で継続的であった。しかもサイズがまるで特注の選別をしているかのように、大サイズと特大サイズの2通りに見事に揃っているのだ。大サイズキロ単価2,800円、特大サイズキロ3,500円、値段も今期のトリ貝の最高値を付けている。
  トリ貝は抱卵しても身肉が痩せることが無く太ってゆき、卵の甘みと身肉の甘みがさらに強くなり美味となっていく。この最高身質のトリ貝の入荷が2ヵ月半もの間続いていった。これも異常なことだった。この長期間、産卵前の豊満な卵を抱えたままの状態が続いたのだ。トリ貝の豊漁の時は“湧く”という表現がされる。豊漁年と不漁年の格差が著しく激しい貝なのだ。今年、この漁場では見事に湧いたのだろう。
  7月中旬、密漁の逮捕者が出たため、漁が中止になったと言う噂が流れた。築地への入荷がストップした。10日後、また漁が再開された。相変わらずの素晴らしい状態であったが入荷量は激減してしまった。その頃、徐々に産卵が始まり、身肉の太りが落ちたものが混じり始めた。入荷も断続的となった。

  8月9日、入荷全くなし、終了か。23日、波崎より極く少量、再度入荷あり。産卵後とは言え身肉の厚みをまだ少し残し、甘みもあるが、身肉は少し硬めだ。波崎のトリ貝漁は予想外の展開を見せ始めている。
誰が、何処で、どのようにして獲っているのだろうか。

1)鹿島灘での底引き網漁に、以前からたまにトリ貝が混じることがあったと地元の魚屋さんが言っているという。
2)金曜、土曜日は夜釣りの釣り人がいるので潜水漁が出来ず、金曜、土曜日の出荷はないと言う。
3)ヤクザではなく、漁師達が密かに獲っているらしい。
4)出荷は漁協を通さず、直接築地に持ってこられると言う。
5)利根川の河口周辺の禁漁区らしい。
6)鹿島灘のコンビナートの中心に堀削された鹿島港ではないかとも言われる。アサリ漁が盛んで、トリ貝も生息している可能性がある。愛知、九州から移植されたアサリの中にトリ貝が混入していた可能性もある。

  様々な情報が入ってきたのだが、トリ貝が生息している可能性は十分にあるのだ。しかし、しかし誰も正確な産地を教えてはくれない。関係者達にとっては秘中の秘となっているのだろう。

七尾漁協、宮津漁協、舞鶴漁協のトリ貝と赤貝

※七尾漁協のトリ貝と赤貝
 5月の連休を利用しての石川県七尾漁協行の目的は、5年振りに最高の状態で築地に入荷してきた、生態が謎だらけのコハダの調査であった。その時セリ場に並んでいた特大サイズのトリ貝と赤貝を発見し取材した。

七尾漁協のトリ貝

 1日の漁獲量、50から60キログラム。
 毎年、4月16日から30日まで底引き網漁の操業停止時に、10隻の漁船をケタ漁船に替えて赤貝、トリ貝の漁をする。今年は5月15日まで延期すると言う。
 入札場に並べられたトリ貝は、2年から3年生のものだった。殻は厚く、がっしりとし、殻の表面の色は1年生の貝の持つ薄いべージュ色を突き抜け、黒茶色と剥がれた白茶けた鼠色とが混在している。12月から1月に産卵する典型的な秋貝で、2年から3年目の4月から5月に漁獲されることになる。
  1年ちょっとの小さ目サイズのものを1個横流ししてもらい、貝を剥き、開いて腸を取り除き試食する。卵は全くもっていなかった。産卵期が違うのだ。殻はまだ薄く、春に産卵する春貝のようであった。身肉はしっかりと太り、甘みがあったが、今の時期に漁獲される太平洋側の東京湾内湾、三河湾、知多湾、伊勢湾の、卵持ちの春貝の甘さを知る者には少し物足りなかった。
  しかし、2年、3年生のバクダンのように大きな貝の中に1年生が混じっていると言うことは、大小混在して生息していることになる。では何故1年生が少なく、2年・3年生まで成長したものが多く獲られるのだろうか。
  大小の貝の生息場所は異なるらしいが、ケタ漁のケタの歯の間隔が広いので、小さいものは脱落するのだと言う。大きいサイズを敢えて選別して獲っているのだ。
  このバクダンサイズのトリ貝は、キロ当たり5,000円から6,000円の超高値の入札値を付けるという。これは驚異的な値段となる。産地価格が1個1,000円から1,500円近くの値になる。江戸前の富津産の最高品はキロ当たり2,000円、少し遅れて始まった茨城県波崎の、1年生特大サイズの最高品でキロ2,800から3,500円、1個500円から800円前後で仕入れられる。
  この秋貝の特大トリ貝には味覚的に大きな欠点がある。身肉が硬く、甘みが薄くなるのだ。だから当店でこの貝を使用する気はもうとうない。東京では1年生のトリ貝が珍重される。身肉の柔らかさ、心地好い歯応えと甘さ、身肉の旨さの全盛期である抱卵の時季には殊更に甘みが強くなるのだ。七尾湾産2、3年生のバクダントリ貝は、若干は築地市場にも出荷するのだが、主として関西に流れるのだと言う。

  七尾漁協でもかって異常な豊漁年があったと言う。昭和62年、漁獲高1億円、63年1億円、平成元年4億円。キロ単価高値で1,500円、安値で800円の時代である。
  海底で貝が折り重なって、重さで殻が変形していたと言う。この時のサイズは、中サイズから特大サイズまでもが混在した。当時、各地のトリ貝の産地卸し・加工業者が皆買い付けに来たと言う。

 最近では極端な激減で、大不漁年の状態ではあるが、この七尾湾、舞鶴、宮津で獲られる2年から3年生の特大サイズのトリ貝は、春貝も少し混じると言うが、ほとんど全てが秋貝で七尾湾同様の高値を付けている。

  本日の入札の参加業者は、時化と漁協の楠参事の事前の電話連絡のために、たったの3社、3人だけであった。なにしろ時化のために大不漁だったのだ。バクダンサイズのトリ貝には全く興味が湧かなかったが、七尾漁協の赤貝には大いに食指が動いた。サイズさえ揃えば、仙台湾産の赤貝の劣化と、他産地を含めての大不漁の中で、現今の国産赤貝の最高品となるのではないかと言う期待感があった。

  入札が終わり、漁協、漁師さん達への取材が終ってから、本日漁獲の33.5キロの赤貝を全て買い取った産地荷受け出荷業者である「かねしげ」を訪ね、社長の杉原省氏に面会する。
  33.5キロの中のなるべく小さい中サイズを選別してもらい、とりあえずトラック便の「追っかけ」での仕入れをすることになった。今年の貝漁は5月15日までとのこと、期間が短いのだが、楽しみな時間となりそうだ。5月6日から17日まで毎日送ってもらうことになった。

 サイズが大きく、1個で2貫付けとなってしまうのだが、七尾の赤貝はやはり素晴らしかった。久し振りの地玉らしい赤貝で、身肉は黄朱色で美しく、甘み、香りもあり、歯応えもサイズの割りにはあまり硬くなく、最上品に近いものであった。
  しかし、色の悪いもの、鮮度落ち、泥だけが詰まっている不良品が常に1割ほど混在し、選別の好い加減さが目立った。
  築地市場の赤貝の取扱い業者達も、七尾漁協産赤貝の選別の悪さをことさらに言うものが多い。産地業者の怠慢が品質の評価を下落させていることになる。

※京都府宮津漁協のトリ貝
 ケタ網漁は京都府の認可制で、漁期は7月1日から10月末まで。実際に操業されるのは8月上旬頃までとなるが、試験獲りとして、6月には漁が始まる。入札はキロ単価ではなく、1個単位の値段で行なわれる。
  共同出荷で、漁の始まりの頃には、殻の長さが8から10センチ以上のものを選別して出荷する。終漁近く漁が少なくなると、小さめや割れ貝のものも出荷することがある。
  春に産卵する春貝と晩秋に産卵する秋貝とがあるが、混在している。共に一緒に漁獲されるが、大きさで識別できると言う。種苗を海に直接地蒔きし、養殖はしていない。

※ 舞鶴漁協のトリ貝
天然もの
 漁期は5月15日から8月15日。2年から3年生の貝を獲る。産卵された種苗を養殖用に5月頃に採集する。そして産卵後の身肉の厚みが戻った頃にトリ貝を漁獲し出荷する。一度漁をした漁場は、最短で2年、最長で10年ほどは漁をしない。春貝と秋貝は混在している。
養殖のトリ貝
 春貝が適し、漁期は6月10日から7月末まで。養殖ものは水温が上がると死んでしまうため、1年生で出荷される。夏を越すことが出来ない。

※ 茨城県鹿島、大洗、波崎産の外海のハマグリ(チョウセンハマグリ)
 鹿島漁協、大洗漁協、波崎漁協、波崎共栄漁協の4単協が資源保護のために、それぞれ1ヵ月に1回、1回に1時間半の制限でケタ漁をする。
 ケタの歯の間隔を広くし、5から6年生と、7から8年生を獲っている。
 7月から8月に産卵。種苗を蒔いているが、なかなか育たない。資源は確実に減少していると言われる。

※千葉県飯岡の赤貝…本玉とバチ赤
 夏場、九十九里海域でケタ網漁によって、バチ赤貝が大量に漁獲される。
  この5年間程不漁で入荷量は激減していたのだが、今年は久々に豊漁年だという。
  バチ赤貝は通常バチ赤と呼ばれが正式学名はサトウガイという。外海の砂浜に生息し、内湾に生息する赤貝(本玉)とは旨さの旬、漁期を異にする。6月頃より漁が始まり、7月頃の抱卵と共に、身肉を太らせ美味となる。抱卵と美味の関係はトリ貝・ミル貝・帆立貝と共通している。
  ケタ網漁によって大量に獲られるのと、本玉よりも色が薄く、白っぽいためにシロダマとも呼ばれ、甘みも少ないために、本玉よりもかなりの安値となる。
  このバチ赤の中に、ほんのたまに本玉が混じることがあると言う。もしそうであるならば、この赤貝は生態的には異端なものとなる。本玉は内湾の砂泥地帯に生息する貝のはずだ。これではまるで波崎のトリ貝のようではないか。

  さっそく浜長の松枝さんに産地の飯岡の業者に連絡を取ってもらう。
 7月26日、本玉が50個ばかり入荷して来た。サイズは今年のバチ赤と同じく小さめだが、殻の形、身質ともに素晴らしい本玉であった。
  仙台湾の赤貝よりも少し赤味が薄い感じだが、小さ目の身肉は小さい故の柔らかさと甘みを持っていた。これなら当店でも使用出来る。後日の追加注文を出したのだが、たった1回だけの入荷で終ってしまった。
  ごくたまに獲られたものを生簀に貯めて置き、量がまとまった時にだけ出荷するのだと言う。     平成16年8月13日

↑この項のトップへ ↑この章のトップへ

「天然、殻付き」帆立貝(ホタテガイ)

漁況
 12月に入って早々、「中旬頃には今期初漁、初入荷の予想」の情報も、遅れることさらに1週間。12月下旬近くになってやっと待望の初入荷。しかし身肉(貝柱)は小さく痩せ、甘みも歯ごたえももう一つ。海水温が下りきらず海の状態が悪いのか、本調子未だなり。さらに1週間、さすがに一気に身を充実させ、遂に今年の野付産「天然・殻付き」帆立貝の本格的な入荷が始まる。旬真っ盛りとなったのだ。
 野付産の帆立貝は例年11月下旬頃に解禁、入荷が始まるのだが、近年徐々に漁期が遅れ、この3、4年は完全に12月中旬頃に移行してしまった。海水温度の慢性的上昇は、北の魚介類にも重大な影響を及ぼしている。平成8年、9年度は、全く異常で、12月ダメ、1月ダメ、2月ダメ、4月に入ってやっと良化、入荷が始まる。しかし、それもつかのま、貝毒発生、全面禁漁の中に漁期は終了(昨年は、むき身の冷凍加工生産に主力を注ぎ、殻付き出荷は少量であった)。
 だから、今年は二年振りの久々の本格的入荷であり、貝に、産地での活気までもが込められている気がする。

旨み
 野付産の帆立貝の凄さは、その鮮烈な甘さと、信じがたい歯ごたえの快さにある。これはいったいナンなのであろうか。甘さの強さはグリコーゲンの含有率が他の産地のものよりも数段多いことによるらしい。歯応えの快い強さは貝柱をかたちづくる筋の繊維が太く大きく強い事によるらしい。

漁場
 野付半島はオホーツク海南端、知床半島と根室半島の真中に位置し、まるで怪鳥の風化した爪さきを、ちょっと内側に丸めたようなかっこうで根室海峡に飛び出している。眼前には国後島が迫り、その間に野付水道の冷海水が走る、急流の海域である。
 漁期中には漁場を内湾、外海、29号地の3区域に分割、順ぐりに漁をしてゆくので海域によって大小のサイズの違いが出てくる。
 2月中旬、流氷接岸。オホーツク海沿岸は例年、流氷とともに命運を共にしているようなところがある。稚内、猿払、枝幸、雄武、紋別、湧別、常呂、網走、等の産地での帆立貝漁は、接岸と同時に一時休漁となる(例外 サロマ湖内の養殖産)。
 しかし、なんと野付半島では、怪鳥の丸めた爪先きの内側にあたる内湾側は、流氷接岸に見舞われず、漁が続行されるのである。これが流氷の離岸する5月上旬まで続き、離岸と同時に、流氷のもたらした豊穣な養分に満ちた外海側に漁場を移して行く。


さらに旨み
 5月下旬、やがて水温の上昇と共に貝毒の発生と、産卵による終漁までの、半月ばかりの間に獲られるヤツが凄い。貝柱はたっぷりと充実して太り、肝も精巣も卵巣も肥大、甘み旨みはさらに濃厚、歯ごたえもさらに勢い立ち、まるでシャキシャキ音を立てているようだ。大きいヤツは3つに、普通サイズは2つに、貝柱の繊維筋を断ち切らないように庖丁を入れる。それでもたっぷりとした貝柱をさらに開いて握ったすしは旨い。
 北海の海の香りと甘みは、流氷の鮮烈な冷さを連想させる。福島県伊達郡国見産の佐藤栄一の米をチョット温度を残し目のシャリとして握る。大きめの帆立貝を口中ほうばるようにして喰うと、「御殿場産のマズマ種の国産最高のワサビ」と、ヤマキの極上醤油とが渾然一体あいまって、噛むたびに貝柱の繊維筋の生体反応が、キュッキュッと鳴るようにあり、美味美味。これぞ野付産「天然殻付き」帆立貝の握りすしの本領発揮だ!

◎天然の帆立貝の卵巣は赤く、精巣は白のハデハデで、チョット気持ち悪いが大変美味である。肥大化した時季のものは産地では、ウニの旨さにも匹敵するとされ、ポン酢、浅葱、もみじおろしで、ちょっと生嗅みを消してやると、結構な酒の肴になる。
◎プリンプリン、しゃきしゃきの歯ごたえの食感は、鮮度と温度管理が全てであり時間の経過は死後硬直を起こし、やがて軟化してゆき、旨さも失われて行く。 雌雄一体であり、初夏の頃、一部が雌に転化し、貝柱の色が赤化してゆく。産地では雌を美味として珍重するも、漁獲量は少ない。特に最近ではどうしたわけか、ほとんど見かけなくなっている。
◎野付半島の外海産のものは殻が厚い。内湾産のものは殻が薄く、三陸産に似ている。平成九年度は身質悪く、不漁年で、ほとんど生鮮出荷できず、冷凍加工に走るも、加工失敗し、不評。本年度は反省し、本来の生鮮出荷に主力注入。

輸送、出荷状況

 女満別空港、釧路空港、中標津空港がホンの目と鼻の先にあるが、「殻付き」帆立貝の空輸便での出荷は少なく、ほとんど全てトラック便が使用される。「殻付き」帆立貝は意外と鮮度持ちが良く、出荷2~3日で市場着の態勢がほとんどである。この時間経過は、旨さのための鮮度保持としてはギリギリの限界にある。だから遠隔地であるゆえに空輸による「追っかけ」をする必要性がある。翌朝には築地の「セリ」にかけられ、さらなる鮮度による旨さを発揮することが出来るであろう。残念なことには、産地でも消費地においても「追っかけ」による野付の帆立貝の旨さの付加価値が理解されていない。少々の空輸便代など見事で鮮烈な旨さによって相殺されてしまうであろうに。

養殖帆立貝 産地別特色と現状
 帆立貝はオホーツク海産を除くと他はほぼ全部養殖である。養殖の南端は宮城県、北端は北海道サロマ湖となる。
宮城県、岩手県…南下するにつれ貝柱の繊維質が細くなり、甘みはあるが、柔らかく、加熱するとさらに柔らかくなり、歯ごたえがなくなる。加熱調理用としては不評。岩手産は小さめのサイズが多い。
青森県(陸奥湾)…殻は小さめが多く、むき身出荷多。国内向け冷凍むき身不評でフランスへ積極的に輸出されている。地まきの養殖もしている。
北海道・噴火湾(内浦湾)…下痢性貝毒の発生が多い。殻付きの出荷はほとんどなく、むき身出荷が主力。
北海道・オホーツク海産…甘み強く繊維質が強く立ち、歯ごたえがあり美味。サイズ小さいもの多。稚内、猿払産は上物で美味。紋別産殻付きなし。全てむき身出荷。アメリカ向けに冷凍むき身の加工を積極的に行うも、米国の不況のあおりと経済制裁で当時はつらかった。
北海道・常呂(トコロ)…サイズが小さく、むき身、ボイル加工出荷が主力。サロマ湖内産は養殖。昨年は湖内に流氷が流入、養殖網が大打撃をうけた。

貝毒

 帆立貝は環境条件により、貝毒が発生することがある。
下痢性貝毒…腸に発生するため、この部分を除去し、剥き身での出荷は許可される。
麻痺性貝毒…ワタに発生も、肝、身肉(貝柱)も食用不可、死者を出すことがある危険貝毒。 急速冷凍すると菌が死滅。生鮮での出荷は全面禁止も、冷凍品出荷は許可される。
◎貝毒発生には、常時、県の水産試験所の厳重検査がある。その都度、適切な指導、処理のもとに出荷又は全面出荷停止をするので、消費地での中毒発生はない。
◎帆立貝は冬から初夏にかけてが旬であるが、養殖の成功により、通年出荷されるようになっている。
◎最近は産地骨箱に、荷主名、採集日、市場到着日が明示されるようになった。    平成10年3月

↑この項のトップへ ↑この章のトップへ

北海道尾岱沼(おたいと)野付漁協 行
          平成11年3月22日
課題
 漁期、好不漁、時化等により各地の帆立貝を臨機応変に使っていたのでが、10年前頃より、結果的に野付漁協の「天然・殻付きの帆立貝」を最高品として集中的に使用するようになった。その痛快な歯応えと、鮮烈な甘みの強さのためであった。では、その旨さの要因はナンなのであろうか。産地ではどの様に評価しているのであろうか。

 3月20日快晴。11時30分、釧路空港より厚岸町湾月町に入る。
 ウニの産地荷受け及び加工業者でもある秋山水産社長、秋山龍人氏を訪ねる。新築の自宅は無駄な装飾は一切なく、良く整頓された気持ちの良いお宅であった。これは、漁師の家の素晴らしさであり特長なのだという。話ははずみ、一気に2時間余、話が終わらず夜の再会を約す。その夜には、日本の海苔生産の最北端地で、天日干しの海苔を作っている漁師の溝畠静雄氏も「ホテル金万」に合流、一杯やりながらの質疑応答、たくさんの勉強をさせていただいた。
 総勢6人、大いに気炎を上げる。やり手で、今最も脂の乗りきった酒豪の秋山社長。やがて北海道最大のウニの一流生産者となることであろう。一瀉千里の行動力の亭主を裏でしっかりと支えている秋山夫人。より一層、より少しでも旨い海苔を作るために、天日干しにこだわリ、最近その誠実さが、マスコミに取り上げられ始め、少しは名の通り始めた、誠実さを絵に描いたような溝畠さん。我が早稲田時代の同級生、義理と人情の呑んべえ高橋信一。好奇心旺盛だが、かなりやりっぱなしのすし屋の親父の、貴重な秘書役を務める我が女房、芳子。呑むと益々意気盛ん、はた迷惑も考えずに声が大きくなり、酒を飲む手の止まらなくなる、すし屋の親父の長山一夫。何回酒を追加してもちょっと呑むとすぐに酒がなくなってしまう。談論風発、大いに意気上がる痛快な夜であった。「人生いたるところに青山あり」…か。
 翌朝快晴、気温マイナス6度。我が人生の初体験であった。高橋信一の案内で、根室半島経由、一路尾岱沼(おたいと)、野付半島へと向かう。
 真冬の尾岱沼、野付半島は観光のシーズンオフである。今夜の泊の「みさき」は地元の漁師さんのやっている民宿だが、今夜は我が夫婦二人だけの貸切りである。
 翌朝5時半、漁協前の港に停泊されている「丸上丸」に同船し、流氷の中での帆立貝のケタ漁を体験、その後セリの状況を見学、さらに産地荷受け、丸弘水産にて加工、出荷の状況を見学、合間をぬって質疑応答、勉強させていただくという手はずは、万事抜かりなく連絡済みである。
 夕方の4時ごろ、二重窓の外では、突然粉雪が吹き上がり始めた。雪が地面から吹き上がっている。6時、外界は一面真ッ白。この北東の風と雪は、流氷を大量に接岸させるだろうという。6時半、食事の後、宿の漁師でもある息子さんと一杯やる。彼は野付漁協の帆立貝漁の「湾内帆立」を漁場とする漁師であった。これは好都合とさっそく勉強会をさせてもらった。

根室管内の漁協「五単協
 根室半島から、野付半島にかけての帆立貝漁は、歯舞、湾中、根室、別海、野付の五箇所の漁協、五単協の協定のもとに行なわれる。漁期は、12月1日から7月末頃まで。漁場は3箇所に分割され、それぞれの漁期に多少のずれを持たせている。漁法は全て「ケタ漁」である(潜水漁は全くやっていない)。
五単協、及び野付漁協単独の帆立貝漁の漁場と漁期
(1)外海天然漁場帆立貝漁場(29号)漁期12月1日~7月末 漁船16隻 漁師80名  
(2)29号巽沖造成漁場帆立貝漁場(29号巽)漁期2月1日~7月末 漁船12隻 漁師60名
(3)外海造成漁場帆立貝漁場(外海帆立)漁期2月中旬~5月末 漁船8隻 漁師40名 
 以上五単協では漁船総数36隻、漁師180名。
(4)湾内造成漁場帆立貝漁場(湾内帆立)漁期3月1日~5月末  漁船8隻 漁師40名
(5)単有海域帆立貝漁場(単有帆立)漁期不明 漁船6隻 漁師30名
 以上野付漁協では漁船総数14隻 漁師70名
漁獲量
 流氷の接岸の有無、水温等による影響は甚大で、毎年の漁獲漁に大きな差異が生じる。
漁獲魚種
 天然帆立貝、秋アジ、北海シマエビ、クロカシラカレイ、チカ、ウニ、クリカニ、ハタハタ、白魚、コマイ。

各漁場内における漁場の分割、選定、帆立貝の稚貝の放流、育成、維持、保全、管理

 各漁船は5人の漁師によって操業される。5箇所の各漁場はさらに縦にA、B、C、Dの4箇所に分割される。毎年、縦に分割された4箇所の漁場の1箇所だけの漁場の帆立貝を集中的に漁獲する。翌年は、次ぎの漁場に移り、又その漁場だけを専門に獲ってゆき、前年の漁場には3月~6月にかけて稚貝を放流する。帆立貝の身質の最も旨く、貝殻との比率の最も効率の良い成長年度は4年生であると言う。だから漁場を縦割りの4箇所に分断し、4年ごとに漁をして行くということは最も理想的な方法なのである。稚貝は、噴火湾、北海道の日本海側の種苗センターより購入する。五単協の漁場で操業をする29号、29号巽、外海天然の漁師達の漁獲は全て各組合で一括管理され、漁師たちは基本的には給料制で働いているかたちになる。稚貝の購入、放流の作業、漁場の管理も五単協の協同で行なわれる。
 湾内帆立、単有帆立の漁場での漁獲は野付漁協で管理される。稚貝の放流作業、漁場の育成、維持、保全、管理は全て野付漁協の責任のもとで行なわれる。
生息水域
 水深5、6メートルから12、3メートル。

 プランクトン。
雌雄の識別
 もともとは雌雄一体であるが、時期になると、雄と雌に転化して行く。赤色の肝状のものは雌の卵巣であり、白いものは精巣である。鮮度のよいものは溶けるような甘さを持ち、大変旨く珍重される。雌に転化して行くと身肉の貝柱も赤ダイダイ色を帯びてくる。この貝柱は特に甘みが強く旨い。通好みの密かな最高品となる。しかし最近、この赤みを帯びてくる雌の貝柱の発生が非常に少なくなってしまっている。…原因は不明である。
成長年輪の数え方
 丸みを持っている方の貝殻の年輪で数える。基本的には4年生を漁獲するが、7、8年生のものも多々混じる。天然物では、15、6年生のものもたまにあるが、老貝となってしまっていて、身肉の貝柱が貧弱なものとなってしまっていることが多い(バッコ貝という)。

帆立貝の生け簀と出荷調整
 丸弘水産では、基本的に帆立貝のための生け簀は持たない。5度前後の温度に保冷庫で調整しさえすれば、2、3日の陸(おか)っぽしでの出荷調整は可能であるという。

漁獲生産日と消費地での入荷日

空輸便
 空輸便では、翌日の朝の築地のセリ場に並ぶことになる。しかし、10キロ当り1万円につく空輸代は、10キロにつき「特大」で10枚、「大」で15枚、「中」で25枚の「殻付き」帆立貝には、「特大」で1,000円、大で670円の過重な負担の運賃となり、高値となってしまう。産地では、価格競争力不可として、空輸は最初から諦めてしまっているところがある。剥き身のパック詰めのものだけ空輸される。
トラック便
 産地で漁獲された帆立貝は、原則的には中1日置いて築地市場に入荷する。しかし日曜日は、現地では休漁、築地市場でも休市のため、月曜日入荷の築地の帆立貝は金曜日に漁獲のものであり、火曜日入荷のものは、土曜日の漁獲ものとなる。この2日遅れの解消のためにも空輸便が望まれる。貝は鮮度が全てである。空輸便のための工夫と努力をして欲しい。

ボイル、乾燥加工の帆立
 野付では全く加工されず、殻付きか剥き身出荷だけである。ボイル加工は道南で、養殖物を対象に行なわれる。乾燥加工はオホーツクの常呂辺りが多い。

漁場による品質格差

 29号巽、湾内帆立の漁場は比較的小さい貝が取れるが、品質が劣るわけではない。
年度による品質の格差の発生
 流氷の到来の有無が帆立貝漁には大きな影響を与えることになる。平成8年は流氷が少なく帆立貝漁は不漁年となった。その4、5年前に発生した釧路沖地震は影響があったのであろうか。東北沖地震の時はその年に放流した鮭の回帰が悪かったという。
 最近放流する稚貝は全て越冬貝であると言う。種苗センターで1年越冬した稚貝が、より大きく成長するのだそうだ。豊富な栄養をもたらす流氷が接岸した年の帆立貝の稚貝の成長は著しく良く、4年後の貝の生育状況にも大きく影響してくるらしい。

野付の帆立貝の旨さ
 流れが速く、栄養豊富な野付水道で鍛えられた野付産の帆立貝の、心地よい痛快な歯応えは、貝柱の筋の立ち方の強さのゆえであり、鮮烈な甘さの原因は、グリコーゲンの含有量の多さに起因するという。他の産地の含有量を遥かに凌いでいるのだという。しかし、殻付きで出荷されてくる帆立貝は、その重量の重さ故に、空輸便では運賃の過重な負担となってしまい、トラック便が流通の主流となっている。貝の旨さは鮮度の良さが全てである。トラック便による1日から2日の時間の遅れは、他の追従を許さない素晴らしい美味の世界を、あたら減殺させてしまっている。
 最近では、荷主名、採集日、市場到着日が明示されるようになった。
 しかし、産地の関係者の人達は他の産地の帆立貝よりもグリコーゲンの含有量が多いことは知っていても具体的に旨さの違いを比較対照して承知しているわけではないようである。
 水温の上昇とともに発生してくる帆立貝の貝毒は、札幌の冷凍食品検査協会による週に1回の定期検査のもとで厳重に検査され、発生の時には迅速、適切な処置が採られるので、消費地での心配は全くない。
 3月22日の早朝5時。高橋信一より電話あり。
 「昨夜からの地吹雪の状況と今日の予報を考えると、標津空港は全て欠航となるだろう。早めに釧路空港へ逃げた方が帰路の確保には安全であろう」とのことである。
 しかし、とにかく約束どうり漁協前の港に停泊している「丸上丸」へ行って見た。港はびっしりと流氷で埋まっている。残念ながら本日の出漁は全て中止だ。漁師たちは出漁中止でも、朝は必ず港に出てくるのだという。1日1回エンジンをかけて暖めないとエンジンが動かなくなってしまうのだという。出漁は中止だが、朝はまだ早すぎるので、又旅館へ帰り食事をし、ゆっくりと待機する。
 9時、漁協へ電話をいれる。意外や、本日の乗船の手配をしてくださった、漁協のセリ人、星氏は既に帰ってしまったという。全船出漁中止では、セリ人は陸に上がった河童みたいなものなのだろう。
 10時、高橋信一が釧路より大幅な遅れのもとに到着。地吹雪とホワイトアウトの中をわざわざ迎えに来てくれたのであった。丸弘水産に顔出しをする。本日の案内役を務めてくれるはずの津田氏に面会する。今日は大雪のため、もう今から会社を閉めるのだという。全くやる気なし。東京からわざわざ遊びに来たわけではないのだが、残念な状況となってしまった。後日、電話にて勉強させてもらうことになった。
 そうと決まれば話は早い。いざ釧路へ直行だ。
 マイナス6度から7度。ホワイトアウトの国道を標識の赤い矢印を目当てに慎重に走る。壮烈な北海道の冬を見せつけられ続ける。午後1時半、無事釧路に入る。高橋信一の奥さんの出迎えを受ける。昔、新婚旅行で札幌から上京の際に会って以来である。実に30年ぶりの再会である。元気印の暖かく快活なお出迎えであった。両夫婦の4人で老舗の蕎麦屋で昼酒が始まった。美味美味、快哉快哉。ざっくばらんで、配慮の行き届いた暖かいもてなしがうれしく、心地よかった。
 奥さんの手配により、不可能に近い航空券の予約も出来ていた。しかし、当夜の釧路空港の東京便は全て欠航。さらに電車で3時間半、千歳空港に向かう。翌朝、快晴。ANA第2便にて帰京。
 厚岸でのウニと海苔のプロ達との出会い、北海道の厳しい大自然との壮烈な遭遇、旧友の情のあるもてなし、30年ぶりの快い再会と、収穫の多い旅であった。          平成11年4月

↑この項のトップへ ↑この章のトップへ

青柳(アオヤギ・バカ貝)


アオヤギの旨み 小柱~大星、小星
 全ての二枚貝には殻を開閉するための筋肉である貝柱が2個ずつ付いている。アオヤギも例外ではなく、大小2つの貝柱(小柱)を持っている。大きい方の小柱を大星(おおぼし)、小さい方は小星(こぼし)と呼ばれる。アオヤギはこの小柱がことさらに旨く、特に大星は旨み香り姿共に優れ、高値を付ける高級品となり、鮨・天麩羅・酢の物等に珍重される。江戸前天麩羅のかき揚げには、最もなじみが深く、無くてはならない重要な具となっているほどである。品の良い甘みと香り、密やかな歯ごたえを持つ小柱の旨さは、かき揚げにし、加熱され、適度の脱水作用が行われることによって、さらに強調されることになるからだ。
 この極端な高値を付ける小柱の希少な価値に較べ、本来の身肉となる舌(足)の部分は、独特の強い香りと黄朱色の肌色を持つ美味な貝なのであるが、その強い香り故に好みの評価が分かれるところがあり、商品価値はまだまだ低く評価されている。アオヤギの下こしらえは、通常、剥き身を塩で揉み、貝の表面のヌルをよく採り除き、水洗いし、水から徐々に温度を上げ、霜降りになるぎりぎりの温度まで湯通しをし、開いて腸・卵・汚れをきれいに取り除くことによって完成する。この時アオヤギは艶やかでみごとな黄朱色となり、開かれた舌の先端を上に向けて少し尖らせながら、姿良く握られることになる。この時アオヤギには新たに微かな歯ごたえの旨さが加わっている。

バカ貝とアオヤギの名称
 在る一定の限定された地域に密集し、それこそわくようにして大発生し、大量に漁獲されるゆえか、アオヤギはバカ貝などと不当な呼ばれ方をされ、それが正式名称となってしまっている。
 江戸前鮨の世界でも、他の貝類に比べて安価で下級な貝として扱われ、ずいぶん長い間、高級店では扱わないという差別待遇を受けてきた。
 しかし、最近の魚介類漁獲量の大激減と、それに伴う良品の減少は、アオヤギの世界でも例外ではない。美しい黄朱色を持ち、たおやかな旨さを内蔵する大ぶりの素晴らしいアオヤギの、長年にわたる大不漁という現況の中で、良品はそれなりに高値となってる。市場ではもうバカ貝などと言う蔑称はほとんど用いられなくなり、最近ではアオヤギあるいはヤギなどと呼ばれるようになっている。
  このアオヤギという名称は、千葉県にかって存在したバカ貝の名産地である青柳村の名前から採られ、一般に使われるようになったという。青柳と言う粋な名称のもとに、かつての俗称が正式名称のようになり、正式名称が俗称のように逆転してきている。

アオヤギと菌の汚染
 10年程前に、東京湾のアオヤギが赤痢菌発生の汚染貝に特定されるという、不幸な誤解が発生したことがあった。漁師も含め、扱い業者全員が長期にわたり致命的な大打撃を受けたのだった。多分にマスコミの勇み足だった側面もあったのだが、結局その原因は特定されずに終ってしまった。アオヤギはタイラ貝と共に、海中に生息している好塩菌である、腸炎ビブリオに汚染されやすい。
  腸炎ビブリオは水温の低い冬場は海底の砂泥中にいるのだが、水温の上がる初夏から夏場にかけては、海中に浮遊し、魚介類に付着すると言われる。魚貝類に付着した菌は、冷蔵庫の低温で菌の繁殖を防ぐか、水洗いによる洗い流し、あるいは加熱殺菌するしか方法がなく、目に見えない菌のために細心の注意を必要とされる。魚介類を洗浄する時には、色・味の変質を防ぐために、つい最近まで当然のこととして塩水を使用していたのだが、衛生上の観点から冷水に変更するようになった。

アオヤギの黄朱色の秘密
 アオヤギは、他の多くの貝類と同じように雌雄一体である。産卵期に近づくと一部の貝が雌に転化してゆく。そして転化しながら、次第に白っぽい体色が朱色を帯びる様になってくる。あの黄朱色の美しいアオヤギの色は、雌に転化した貝達の色なのだ。これはホタテ貝にも見られる現象だ。
 では、全ての雌が美しい黄朱色に変化して行くのだろうか。北海道、道東のアオヤギでは全てがほとんど白っぽいのは何故なのだろうか。

マルゴ水産

 平成14年1月18日夜、突然三重県津市の貝類・冷凍食品・水産加工を生業とするマルゴ水産の専務木村和司氏が来店した。
 マルゴ水産は、伊勢湾を中心とする全ての貝類を扱う産地荷受け・出荷業者である。最近の伊勢湾の状況と共に、アオヤギについての不明、疑問点について教えていただいた。
 アオヤギの全ての雌が美しく黄朱色に変化して行くのではなく、白っぽいままのものもあるし、中途半端な橙色のものもある。ではそれは如何なる理由に拠るものなのだろうか。

瀬のアオヤギ

 浅場で粒子の細かい砂場に生息するアオヤギは、成長が早く黄朱色の美しい色を発色させるようになる。身質も柔らかく、旨み香りも優れ、美味で良質なものが多い。

高場のアオヤギ
 地が固く、砂の粒子が荒い場所に生息するアオヤギは、成長が遅く、身肉が白っぽい色をしているものが多い。赤色に変化して行くのに時間がかかり、黄朱色の美しい色にはならない。
 北海道、道東のアオヤギの舌・小柱が白っぽいのはそのためで、身質も固く、旨み香りも少ない。

傷みの激しい場所の貝
 何年にも渡って豊漁が続いた後の漁場は、アオヤギの繁殖・生息のための環境条件が壊れ、傷んでしまっていることが多い。成長過程で貝が死んでしまうことがあるため、漁師達は早めに漁をしてしまうことがある。そのためにまだ舌・小柱が小さく痩せていて、旨みが足らず、色も白っぽいものが多いことになる。

◎新たなアオヤギの美味の創造

殻付きアオヤギと出荷の問題点

 殻付きのままオーブンで焼いたり、蒸し煮にすると絶品の旨さを味わえるのだと言う。とにかく是非とも試してみる価値があるのだと、木村専務は声を大にして強調されたのだった。
 しかし、殻付きのアオヤギは市場には、たまにしか入荷してこない。トリ貝同様に殻付きで入荷してくれば、最低1日分の鮮度が良いものを使えることになるのだが。何故なのだろうか。
 先ず言えることは、アオヤギは殻がトリ貝のように薄く、割れやすい。さらにその割には値段が安い。だから専門業者が剥いて舌と小柱とを分離し、別々に商品として出荷した方が結果的には業者にとっては利するところが多い。現時点では運送費の削減も含めて、最も効率的な方法なのだ。
 アオヤギは下こしらえの段階で完全に噛んでいる砂を処理し、取り除いている。しかし、貝殻ごと火を通して食べるとなると、砂の噛みが大きな問題となってくる。アオヤギの場合、最も難しく厄介な仕事が、この貝の中に噛んで残っている砂出しなのだそうだ。アオヤギは良質な砂場に生息しているために貝の中に砂が入っていることが多い。特にヒモと呼ばれる外套被膜に砂が噛んでいることが多い。漁法も砂噛みに影響があるそうだ。
 腰巻網漁(長柄網漁)、大巻網漁は漁船の上から人力で網を落として獲る漁法であり、貝をあまり驚かさないために、砂をあまり噛まないのだという。ポンプでの噴射、マンガン等、機械で大量に獲る方法だと砂を多く噛んでしまうらしい。

殻付きアオヤギの砂出し
 アオヤギの砂出しは通常の方法では完全に吐かせることが出来ないのだそうだ。しかし、マルゴ水産は試行錯誤の研究の結果、この砂出しの方法に成功したのだそうだ。今流行のマイナスイオンの利用らしい。さっそく見本を送って下さることになった。

アオヤギの卵の毒性

 しかしだ。「アオヤギの卵は食中毒の原因になるのではないか」と質問したところ、意外な答えが返ってきた。「アオヤギの卵の毒性は加熱すると消えてしまうから加熱調理をすれば安全なのだ」。
  新しい意外な発見だった。見本の送付が楽しみだ。これは赤貝の卵にも言えるのだろうか。

伊勢湾のアオヤギの漁期 2月1日~6月31日
アサリの漁期 3月1日~7月31日
漁法 瀬では長柄網漁。沖獲りはケタ漁

◎伊勢湾のトリ貝の情報
  先週、有滝、白子の漁協でトリ貝の試験獲りがあったのだが、今年は3年周期の豊漁年にもあたるのだが、まあまあの結果だったと言う。楽しみだ。
◎伊勢湾のミル貝
 6、7年前頃、突然素晴らしいミル貝がかなりの量漁獲され、東京のすし屋達 を驚かせ喜ばしたものだったのだが、伊勢湾でのミル貝漁はタンクを背負っての潜水漁であっ たため、瞬く間に獲り尽くされ、今では全く獲れなくなってしまったという。
◎韓国産貝類、昨年度から本年度にかけての大不漁の原因
  昨年、韓国では大雨が降り、その影響が非常に大きな被害をもたらしているらしい。海の海水 濃度に異変を起こし、さらに陸上での田畑に使用されている化学肥料が大量に海に流入し、魚 介類、特に赤貝、ミル貝、アオヤギに重大な悪影響を与え、大不漁の原因になっていると言う。
◎北鮮産ハマグリ
  毎年12月中旬から下旬頃、北朝鮮では気温が氷点下に下がることにより、漁が出来なくなる。結果的にハマグリ漁は4月頃まで中止になるのだが、その前に漁獲されたハマグリの入荷(その頃ほぼ同時期に終わっている)分は、まだマルゴ水産には在庫としてあるという。海水のプールの中に活け込みされているのだ。
 この時期(1月から2月)には、中国の上海の少し南に位置する逝江省の舟山から、ハマグリの太った良いものが出荷されて来ると言う。このハマグリは、ブラックタイガー海老の養殖池の中で一緒に養殖されるもので、貝殻の表面が汚いのが特徴なのだが、身肉が太っているので剥き身として流通し、重宝に使われていると言う。

東京湾内湾


船橋漁協、三番瀬のアオヤギ
 去年、一昨年と大不漁の状態であったが、今年は好調であろうと見込まれている。近年、サイズが小さいものしか獲れなくなってしまったが、色が良く、甘み香りもある良品であり、小柱も含めて、各産地との比較のなかでも味は最も良いと評価されている。しかし、あまりにもサイズが小さく、最近では小柱を除いて、身肉の舌は江戸前鮨の握りにはあまり使われなくなってしまっている。

富津(磐州) 
 昨年は、まあまあの漁獲量で、今年も同様に見込まれている。富津のアオヤギ漁は、潜水漁に代表されるが、乱獲による漁獲量の減少とサイズの縮小化が著しく、近年では大型のものはほとんど獲れなくなってしまった。

アオヤギの小型化の原因
 アオヤギは砂地の好条件の場所に集中的に発生、生息するという生態をもつため、大量の発生は一つ一つの貝にとっては生活条件が悪くなることと、一網打尽に漁獲され、ほとんど獲りこぼしがないため、貝が大きく成長する暇がなく、その結果として毎年小さい貝の収穫だけになってしまっていると言われる。
 さらに最近の下水処理に使われる塩素が海に大量に放流されるため、海水中のプランクトンが殺され、減少し、かつての富栄養化が問題にされた頃とは異なり、海に魚介類のための栄養素が不足していると言う逆の現象が生じてきている。特に河川の栄養価の高い真水の流入が少ない富津近辺では、貝類が太れず痩せてしまっている。型は小さく、身肉も痩せていると言う悪条件が重なり、良品がほとんど見られなくなってしまっている。

アオヤギの旬
アオヤギ漁とアサリ漁
 磐州(ばんず)では、秋から冬にかけてが漁期となる。船橋漁協では2月頃から漁が始まる。富津、木更津、船橋漁協も含め、アオヤギ漁をする漁師達はアサリ漁も兼ねて行っている。漁法、道具が共通するからだ。だからアオヤギ漁は常にアサリ漁との兼ね合いの中で行われて行く。どちらが効率が良いか、常に天秤に乗せて計られ選択されて行くのだ。
 2、3、4月頃までは、まだ水温が低く、アサリは砂地に潜っているため、アオヤギを専門に漁することになる。4月、5月と迷いながら5月、6月、7月、8月中旬頃までと、アサリ漁の最盛期に入って行く。
 アオヤギの産卵期は、3月中旬頃。産卵後はぺたぺたになるか、死んでしまうらしい。ほとんどが1年から1年半生なのだと言われる。だからアオヤギの旨さの旬は晩秋頃から3月中旬頃までと言える。
 しかし、アオヤギ漁は、限定された漁場に生息し、獲った後アサリのように割れ貝殻等の余計な選別の手間を取らず、漁としてはかなり楽なため年寄りの漁師達によって、細々ながらも一年中行われている。
 船橋の三番瀬では、天然のアオヤギとアサリだけを漁獲しているのだが、富津漁協でのアサリ漁は、一部の地域を除き、ほとんどの漁場は限定された養貝場に稚貝をまき、成長を見込んで収穫している。
 貝類の生態系は、毎年の海の状態によって、かなりの影響を受け、1ヵ月ほど前後の変化の移動は、多々見うけられる。
船橋三番瀬でのアサリの産卵時期の標準は、5月頃と8月頃と年に2回あると言う。アサリ、トリ貝、カキ、ホタテ貝、ミル貝の卵巣は美味でもあり、食べても人体に影響は無い。赤貝、アオヤギ、の卵巣は中毒を起こすが、アオヤギの卵巣は加熱すると食べられると言う。

韓国産

 東海岸の良質な砂浜のある北朝鮮との境目辺りが主な漁場となる。
赤色の発色が良く、身質の大きい良品が混じり、出荷される。築地に入荷するもっとも大型のものを含み、最も高値で取引されるが甘みと香りは少し薄く、身肉が固めであるようだ。小柱は北海道の苫小牧産のものにひけをとらないような見事に大サイズのものが混じる。黄朱色の美しい発色と身肉の大きさと厚みは全ての国内産のアオヤギの品質を凌駕し、この部分を価値基準とするならば現在では最高品と評価されるかもしれない。
 しかし、昨年度から今年にかけては大雨と化学肥料の影響もあって、大不漁年となっている。

愛知県三河湾

 知多半島の常滑、美浜、三河湾の一色から渥美半島の伊良湖にかけてはミル貝、トリ貝、アオヤギ、アサリ等、貝類の宝庫である。
 アオヤギ漁は、冬から夏にかけてのトリ貝とアサリ漁との兼ね合いの中で行われてゆく。
 かっては、東京湾のアオヤギに匹敵するような、しなやかで色気が良く、香りも強く、甘みの濃いものが獲れたのであるが、近年ではなぜかその面影が薄い。最高の漁場が荒廃、または埋め立てと開発のために消えてしまったのだろう。近年入荷する三河産のアオヤギはサイズが小さく、色気も少し足りず、甘みさえも薄いように感ぜられる。江戸前のアオヤギと共に、握りすしにはサイズが小さ過ぎるきらいがある。
 だから、最近では鮨の握りに使われるアオヤギはサイズの問題で、産地が限定されてきている。
 大きいサイズを出荷してくる産地は、北海道と、韓国ということになる。
 アオヤギの旨さを追求すると、最近では結局、各地の大星の旨さを多用することになる。

↑この項のトップへ ↑この章のトップへ