このサイトは主に長山一夫の著書、仕入覚書を掲載するものです。
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白身

平目(ヒラメ)

旨み
 ヒラメは、関東で一番人気のある白身魚だ。くせのない旨みは、ゆっくりとかみしめると独特の平明な甘さと香りがあり、すしには最適の白身となる。
 「旬」の最盛期、最高の「産地」の「釣もの」で、「2~3キロ」の「活締めのヒラメ」は、身が微かに「琥珀色」をし、全体にしっとりと脂が滲み出ている。このヒラメを刺身で、すしで、食べる喜び。さらに翌日の昼、すしで握って食べるこのヒラメは、前夜にもまして甘みが強く、旨くなっている。「エンガワ」も、そっと目をつぶり、じっくり、しみじみと噛みしめると、鍛えぬかれた筋肉質の脂の甘みが口中いっぱいにひろがってくる。これぞヒラメだ。


 ヒラメの旬は晩秋から春先までである。ヒラメは、日本全国(九州~北海道の太平洋側及び日本海側の全て、又外国では中国の大連、韓国等)、養殖ものまでも含めて、いたる所から築地に大量に入荷してくる。一年中市場にあふれ、消費されてゆく人気の高い白身魚なのである。
 夏も終わり、9月に入る頃から10月頃にかけて、すし屋にとって白身の仕入が難しい時期になってくる。「ホシカレイ」はバカ値のわりには抱卵が著しく、身を落としている。「スズキ」もやがて終り。「マコチ」もとっくにダメになっている。「マコカレイ」も時期的には終わっている。その上、台風の到来なども重なり、さんざんな状態となっているのだ。

産地
 この時期、上記の魚たちの中に混じる、おく手のヤツを選別しながら、やっと使いまわしている頃、見計らったように北海道、青森のヒラメが入荷してくる。北海道、青森では、もうすでに水温が低く、常磐、関東近辺のヒラメよりも、はるかに早く身が戻り、脂が乗ってくる。選別しながら使い始るのだが、やがて11月も中旬に入ると、いよいよ本格的な旬の到来となり、旨さも充実してくる。12月頃からは常磐、外房、相模湾、東京湾もの、さらに九州ものと、次々と良化してくる。しかし最近は良品が極めて少なくなり、旬も1ヵ月程度遅れてきている。
◎九州産のヒラメは身の締りと、味の旨みがもう一つ足りないようである。ヒラメ特有の甘みと香りに欠けるのである。
◎中国の大連産の「浜締めのヒラメ」は、脂のあるのも混じるが、やはり、甘みと旨みが一寸足りない。安価であるため、刺身、昆布〆用に使用する店もある。

極上品としての量目、サイズ
 ヒラメの最高品としての量目は、2キロ~3キロ位である。身質は締って充実し、しっとりと脂ものり、琥珀色になってくる。甘みも鮮やかに出てきて旨い。
 1キロ未満のものと比べると値段は、キロ単価2倍位の差がつくことがある。3月上旬頃、常磐から外房、相模湾にかけ、このサイズで、肝がたっぷりと大きく、抱卵寸前の、おく手のヒラメに最良品が往々にして混じることがある。そしてその後、ヒラメ達の旬は、一斉に去っていくことになる。

養殖
 最近、だいぶ良化したものの、未だ「餌」の質の問題で臭味があり、不要に脂質過多である。運動量の不足もあり、活け締め後の熟成中に、すぐに身質が「軟化」し、水っぽくなってしまい、餌の臭みまでもが立ち上がってきてしまうのである。
 養殖の魚を食す最良の方法は、身がプリプリしている状態で食すること。熟成前のため、臭みの立ち上りが少なくてすむからだ。

北海道の平目
 小樽のすし屋に入ると、ギタギタに脂ののった大きなヒラメのエンガワが出ることがある。水温が極度に低い海では、魚がそれに対抗して猛烈に脂をつけるためなのだそうだ。ヒラメの味、質の旨さを超えてしまっている。

異変
 平成6年度にも、夏場の猛烈な暑さのために、中秋の頃のヒラメに大異変があった。それでも12月中旬には良化し、本来の旬の状態に戻ったのであった。平成9年12月23日現在、今年は、10月以来全くヒラメが良化してこない。11月にはヒラメを諦め、マダイと、カワハギと、ヒラスズキを追いかけることになってしまった。翌1月中旬になり、やっと少し良化をみる。この原因はなんなんだろう。そして平成10年から11年にかけ、この傾向はさらに顕著なものとなりヒラメの使用を全く諦めてしまっているような状況となっている。
 5~6年前頃から青森産のヒラメの品質、味に、異変が始まっているのではないだろうか?
この疑問をぶつけに青森へ行く事になる。

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青森中央卸売市場(青森県青森市)行

平成6年12月23日~25日
 
異変と課題
(1)平成6年は、12月に入っても、どういうわけか青森産のヒラメの良化がみられない。脂の乗りも悪いが、身肉全体が少し水っぽく、旨みが足りない状態が続いている。
(2)さらに、噛みしめると、口中にヨード臭の残るヒラメが混じる。
この二点の疑問を解くため、青森中央卸売市場及び、産地荷受け業者を訪ねることとなった。

平目の産地荷受け会社
(1)(株)大西
 12月23日 青森市入り。昼、(株)大西の大西専務を訪ねるも仕事中にて不在なり。隣りの「西むら」にて昼酒、生子(たて塩味)、白子の刺身「たち刺し」、白子持ちニシン塩焼き、キンキ煮付け、ヤリイカ活造り。満足、満足。夜、中山が親父の「鮨兆」にて一杯。ヒラメ、赤ウニ、ヤリイカ活造り、ヒラメは1.5キロ位。「活締め」は甘み薄し。「ヒラメは下北産が良く、陸奥湾産はあまり良くない」とのこと。
 翌24日 午前4時30分 青森魚市場、通称「山」の正門前にて大西専務と待ち合せる。
 浅虫温泉より25分、寒気強し。魚と野菜市場並列。セリ場、予想以上に広く活気充溢。地の魚と共に常磐もの、輸入魚等、多種多彩。ヒラメは「のじ」のもの多し。漁師に漁獲後の魚を包丁で締める習慣がなかなか定着せず教育中とのこと。最近、料理屋、すし屋では活締め、活造りのヒラメが好まれるようになってきた。活魚のセリ量も暫時増加していると言う。

(2)中部水産
 中部水産のヒラメの責任担当者、竹内氏に、「活」セリ場の案内、説明をしていただく。ヒラメは、築地の荷受け、「大都」に集中出荷。年間百トンの実績。竹内氏は、青森産ヒラメの相場を動かしている実力者の一人だと言う。「又屋水産」「宮井水産」「中部水産」の三大荷受けと「佐藤」の四社で下北半島のヒラメの大半を競り合ッていると言う。中部水産では1~2匹ごとにビニールに空気を入れ、風船にしてセリをし、出荷する。
 浅虫温泉「南部屋」へのヒラメは、竹内氏扱いの出荷とのこと。前夜の泊、南部屋の料理の刺身はヒラメの活け造り、1.5キロくらいのヒラメ、甘み全くなし。活け造りの欠点をさらけ出していた。
 地元での使用は2キロまで、2~3キロのベストサイズは、高値となるため全て東京へ出荷してしまうと言う。

(3)宮井水産
 25日昼、青森駅より陸路、大湊線にて下北半島を北上、陸奥湾北部、川内町「宮井水産」訪問。
 今秋、ヒラメの漁獲量は豊富だと言う。1日の出荷量、4トンの記録。かつて「又屋水産」がダントツの出荷量であったが、昨年より「宮井水産」が遂に逆転。社長によると、中水の竹内氏は壊し屋である。強気の高値で相場を壊しているという。今夏の猛暑の異常気象は、ヒラメにも大異変を引き起こした。下北半島で水温一時26度(これは魚の致死温度)。このためか11月に入っても脂の乗りが悪く、水っぽく、旨みが出てこない。12月中旬に入り、みるみる良化、この1週間激変、良化の際は、水温のせいもあるが、2~3日でガラリと変貌すると言う。

産地での回遊と海水温
 三陸から下北半島へ、さらに津軽海峡をわたって、一部、日本海側の鯵ヶ沢、深浦へと移動する。
 良品は特に下北産が多い。だが水温は移動に対する影響が強い。移動適温は13度前後、今夏一時26度、12月24日、7度、生け簀の水温9~10度。

漁法
 下北半島の太平洋側では、釣漁とヒラメ専用の底引網漁を行うが、網漁は魚の傷みが大きい。
 津軽海峡は網漁禁止。釣漁のみ。水深100~200メートルに生息。水温が低いため、脂の乗りが早い。ヒラメは水温の低下とともに脂が乗ってくるのである。

旬と餌
 青森産のヒラメは、1月中旬頃から極上となる。(水温9~10度)。6月頃に産卵。夏頃より11月までの餌はイワシ。以後の餌はイカに変わる。

味の異変
 今夏の水温の異常が、晩秋の脂の乗りの悪さとヒラメの甘みの喪失を生じた原因らしい。
 とすると、最近のヒラメの旨さの劣化の最大の原因は海水温の常態的上昇のためなのか。
 ヨード臭の原因は? 
 産地荷受け、築地荷受け、仲買い、料理人の中で感じとっている人は、いるのだろうか? 
 産地荷受けは全面否定。発生を全く知らず。
(イ)産地荷受けの生け簀の水槽の汚れ…あり得ないとのこと。
(ロ)餌の変化か。夏から11月頃までの餌であるイワシが原因か? イワシの漁獲量の激減と脂が乗らないことは関係があるのであろう。
(ハ)荷受けの生け簀内、輸送中に薬品(サルファー剤)を使用していないか。魚介類の傷を治す薬品があるらしい…産地は、全面否定。漁獲後、2~3日で出荷するという。
(ニ)ヒラメの身質に生態的変化が生じ始めてはいないか。平成10年、カレイ、コイ、ニシ貝の雄の雌化現象(合成化学物質による環境ホルモンとしての働き)が問題となっている。
 ヨード臭の直接的原因不明も、平成10年に至る間、再三臭み発生。全般的に、美味なヒラメが極少となり、長期の産地留めのためか、身の白濁化したもの、魚肉がただ透き通っているだけで、味のまったくないもの等、劣化したヒラメが多くなってきている。

青森産のヒラメ
 毎年9月から10月頃にかけ、東京のすし屋は、使う白身に苦労するようになる。
 17~8年前頃だったろうか、突如、身も厚く、しっとりと脂をたたえた青森産のヒラメが、9月中旬頃、築地に登場した。これはすごかった、一寸魚を識っている人達は皆跳びついたのだった。しかし何かおかしかった。脂の乗りの確かさに惑わされるのだが、舌を刺す、特有の刺激臭があった。何か養殖ッぽかった。しかしその頃、2~3キロ級の養殖物の生産など不可能であった。このヒラメの出荷業者が「又屋水産」だった。やがて「又屋水産」が5~6月頃の、産卵後のペタペタにやせたヒラメを、全国的に買い付けていると言う情報が聞こえてきていた。
 なぜ「又屋水産」が9月~10月に脂ののったヒラメを出荷してこれるのか? この刺激臭は? 一寸イワシのエサっぽい微妙な臭味は?
 結局「又屋水産」は全国で初めて、成魚のヒラメに「エサ」を食わせ、太らすことに成功したのだった。現今、ボストン、スペインで行なわれている畜養の技術の開発に初めて成功したのである。このヒラメは当時、一世を風靡し高値を付け、人気の高い高級魚として評価されたのだった。しかし僕は嫌だった。変質した味のヒラメなんておかしいではないか。
 では、セリ落されたこのヒラメを、仲買人が他のヒラメと混ぜて我々に売ったとしたらどうなるのであろう。識別が出来るのだろうか。脂の乗った、太った上物としてダマされたらくやしいじゃないか。そこで毎夜仕事の帰りの午前1時頃、築地市場の活物のセリ場で、「又屋水産」出荷のヒラメの生け簀のコーナー(「又屋水産」は量をまとめて出荷してくるため、活け物のセリ場ではかなりの場所を独占していた)を見学に行き、色、型、特徴の区別を勉強した。
 最近のヒラメの、新たなる変質ぶりは、さらに何か原因があるはずである。
 平成10年、11年、12年とこの傾向は全く変化することなく続いている。さらに脂の乗りも悪くなり、かつてのしっとりと琥珀色に輝く身質のものなど皆無の状態となってしまった。外見では見事に見えるものでも、身質がゆるみ白っぽく、使うのをためらうようなヒラメがほとんどとなってしまった。
 平成11年、12年と旬真っ盛りの時期にもほとんどヒラメを使わなくなってしまった。変質の最大の原因は、海水温の上昇と餌であるイワシとスルメイカの大不漁によるのであろうか。

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相馬原釜漁業協同組合 行
平成13年4月15日
福島県の山郷の春を自転車ツアーにて愉しむ


最高品質を誇った常磐産ヒラメ、マコガレイの消息


 4月14日(土)快晴。東京発、信越新幹線にて福島駅着。さらに電車を乗り換え大泉駅に至る。12時10分、輪行袋の中から取り出した黄色の愛車を組み立て、一路、本日の目的地の原釜に向けて出発。今回の輪行ツアーのリーダーはベテラン中村博氏。そしてその友人、長山一夫。メンバーはこの中年二人だけの旅となった。片道走行距離約60キロ。標高差700メートル弱。翌5日、復路約50キロ。夕方、爽快な疲労と共に自転車を畳み、信越新幹線にて帰京。

 福島県は東京から2週間遅れとなる満開の桜の時期となっていた。快晴微風、追い風の中をいざいざ、出発となった。幾たびも繰り返される山道の登りは長く長く、前方を覗けばその長さに気力が萎え、負けてしまいそうになる。ただただ左右の木々、花々の景色を見ながら気をそらしてゆく。
  菜の花がある。梅が咲いている。タンポポだ。多種多様な桜たちが満開の姿で迎えてくれる。それでも遂に負けそうになると、その度に、くじけそうになる我が心に、健気な野生の鶯達が長閑に、励ますように鳴いてくれる。鶯の鳴き声を大声で真似る。上手く真似ると、鶯達が木々の間を密かに追いかけてくる。縄張りへの闖入者を見張っているのだと言う。江戸家猫八より上手いぞ。来年の一芸の会で披露だ。声を出すことがなんと気を紛らわせてくれることか。
 翌5日。さすがに熟睡の目覚めは爽やかであった。民宿のまん前にある松川浦の入り江では、漁を終え、漁協への荷揚げを終えた漁船達が三々五々、帰ってきている。
 宿から自転車でほんの5分、今日の復路の食料買出しもかねて、相馬原釜漁協へ行く。

相馬原釜漁協
 もう15年も前、日本橋のすし屋の仲間達と、産地研修会の第1回として訪ねたのが、相馬原釜漁協であり、その真ん前にある「又や水産」であった。又や水産は、当時にはもう既にヒラメの世界では、業界最大手の産地荷受け業者として一世を風靡していた。又や水産が出荷してくると、築地のヒラメの相場が動くほどの勢いと力を持ち、研修会の第1回目としては、相手に不足のない面白い企画であった。(参照 白身 ヒラメ)
 久しぶりの相馬原釜漁協のセリ場は盛況であった。セリの合間を縫って、セリの記帳担当の方に質問をぶつけてゆく。途中、宮城県亘理荒浜(わたりあらはま)の産地荷受け業者である丸ニ水産の社長に出会う。仙台方面に出荷する魚の手当てに来ていると言う。

 かって、旬真っ盛りの、最高品質のヒラメ、マコカレイの大半が常磐ものだった。中でも原釜産のものが圧倒的に多かったのだが、この5、6年、ほとんどその産地名をきかなくなっている。なぜだ?

  この10年前頃より、築地中央卸売市場では、青森産ヒラメの人気が異常に高くなり、常磐産は最高品のものでも、もう一つ高値が出ない傾向が出てきている。丸ニ水産では築地にも積極的に魚を出荷しているのだが、マコカレイ、ヒラメの最高品は、ほとんど仙台方面へ出荷してしまうと言う。仙台の方が、より高値が出るのだと言う。だから結果的に最高級品が築地に入荷しないことになってしまったのだ。最近の築地市場の凋落ぶりと、産地ブランド名に対する築地の業者達の盲信振りを皮肉っていた。
 常磐産のマコカレイ、ヒラメは相変わらず素晴らしいヤツも漁獲されているのだが、残念ながら最高品の漁獲量は極端に減ってきていると言う。
 相馬原釜漁協は、茨城県から福島県にかけての常磐地方の漁協の中でも、最大の漁獲量を揚げる小名浜漁協に対し、最高の漁獲高を誇る漁協として知られている。高級魚の水揚げと扱いが一番多いからだ。昭和から平成の始め頃、それぞれの旬の最盛期に入荷してくる常磐産の2kから3k級サイズのヒラメ、マコカレイは、見事に身肉を充実させて太り、しっとりと脂の乗った身肉は、琥珀色に色付いていたものだ。しかもこの最高級品レベルのものが、コンスタントに入荷していた。

青森産のヒラメと「又や水産」
 しかし、20年前頃、突然出現した「又や水産」による、9月下旬から11月頃にかけての青森産のヒラメの搬入は、ヒラメの最高品の産地評価地図を塗り替えていった。この時期、ヒラメはまだ旬には程遠く、決して良好な状態ではないのだが、ヒラメ好きの東京のすし屋達は、少し欲求不満ながらも、もう待ちきれずに一斉に使い始めているのだ。そのような状況の時に、突然、たっぷりと脂が乗った素晴らしいヒラメが入荷してきたのだった。
  その素晴らしさは、青森という産地と、低い水温のせいであると言う説明に、納得し、誤解して、皆飛びついていったものだ。後に、当時の素晴らしい又や水産のヒラメが結局、半蓄養ものだったことが判明することになる。しかし、このヒラメが、後々に青森産のヒラメの評価を決定的にする契機となった。
 そして、東京の高級店が積極的に尻屋岬から津軽海峡の青森産のヒラメを使い始めることによって、最高品としての名を確定的なものとし、ブランド化していった。
 確かに東京の魚関係の業者全般に言えることだが、最近のマスコミが取り上げるブランド名に大きく依存し、盲目的な価値評価がなされることが多くなっている。そのため、各産地ではいかにこのブームに便乗するかが課題となり、やたらと華やかな名前を付け、宣伝する傾向すら出ている。特に最近、ヒラメに関しては、東京の高級すし屋達の間での、青森産信仰は殊のほか高くなっている。しかし、この5年ばかり前からの青森産ヒラメの品質劣化は著しいものがあるのだが、その惨状を語る仲買人、料理人の話がほとんど聞こえてこないのが現状だ。

常磐産のマコカレイ
 平成14年6月。今年の東京湾では、4月の半ばころより、かってなく良品のマコカレイが漁獲された。サイズは1.5キロ前後と、最高のマコカレイとしては、少々小さめのものであったが、エンガワから中骨にかけての身肉の盛り上がりは、まるでお椀を伏せた小山のようであり、甘みも旨みも充分に強いものであった。しかし、5月の半ば頃には精巣・卵巣の肥大化が著しくなり、身肉が痩せ始め、もう使えない状態となっていった。
 そして6月上旬。常磐沿岸の、大洗・請戸・原釜辺りから2kg前後の素晴らしいマコカレイが入荷してくるようになった。卵はまだ小さく、肝は最高の大きさに肥大し、江戸前のマコ同様にお椀を伏せたような身の盛り上がりと太り方をしている。 旬真っ盛りの証拠だ。身肉に水っぽさもなく、うっすらと乗った脂はマコ特有の甘みと旨みを醸し出している。
 7月10日、この素晴らしい状態は、依然として続いている。そしてやがて、三陸・大槌辺りからも素晴らしいマコが入荷してくるのだろう。
 しかし、5年程前頃からの海水温の異常な上昇が最大の原因とみられる、ヒラメ、マコカレイの品質の劣化は、成長のサイズにも影響を及ぼし、特にマコカレイの世界では、旨さの最も充実する2キロから3キロ級の最高品質ものが非常に少なくなり、最高品でも1.5キロ前後のものが主体となっている。

最近の常磐産スズキの品質はどう評価されているのか? 
 最近、当店での夏場の白身として使うのはホシカレイ、マコカレイ、マゴチが主で、スズキはほとんど仕入れなくなっている。その原因の最大のものは、薄いベッコウ色をし、密度の高いシットリとした脂を湛え、甘みの濃い、最高品質のスズキが手に入らなくなってきたことによる。かつては、スズキは常磐産が最高品質として評価され、常磐産の腹太なスズキを選別すれば、最高品が簡単に手に入ったのだが…。

では、産地での常磐産のスズキの評価はどうなのだろうか
 常磐産のスズキは、通年、相変わらず獲られているのだが、5月頃から脂が乗り始め、夏場を最盛期として旨み甘みが濃くなる。漁獲量もかなりまとまり、品質的にも素晴らしいものが獲られていると言う。産地では、栄光のスズキの品質劣化について全く無関心であった。しかし、4月半ばのスズキ達は、残念ながらまだ痩せていて、身体全体の丸みが全く足りなかった。今年の夏場のスズキを注意し、観察することにする。

放流のホシカレイとマダイ
 10年前頃より積極的におこなわれてきたマダイ、ホシカレイの稚魚の放流は、やっとその成果を見せ始めてきたようだ。昨年あたりからホシカレイの1.5キロから2キロ級の最適のサイズのものが東京湾、外房、常磐辺りからも入荷するようになってきた。漁獲量は少なく、身質も天然のものに比べて少しゆるく、ホシカレイ特有の鮮烈さに欠けるのだが、その評価はまだ一般的には定まっていないようだ。しかし、放流される稚魚の遺伝子の関係か、海底に接している裏面の白皮の側にも、本来なら表面にしか在り得ない、黒皮側のきめの粗い鱗がびっしりと黒く発生しているものが多く混じる。又、放流もののマダイは、天然のマダイの鼻孔が2つあるのに対し、その2つが繋がってしまい、細長く1つになってしまっているので、容易に見分けることが出来る。

平成14年夏の白身の使用状況
 7月から8月に入っても、少ない漁獲量の中から選別された、常磐から三陸にかけてのマコカレイ達は、キロ単価14,000円前後と高値膠着ながら、心地よい歯ごたえと見事な脂の乗りの甘みを湛えながら、未だ絶好調を続けている。ホシカレイはもう旬を過ぎてしまったようだが、たまに入荷する良品はキロ単価20,000円の上を付けている。今年は、マコカレイの最高品が続いたため、スズキとマゴチの出番が全くない結果となった。
 9月に入り、さすがにマコカレイの良品が途切れ始め、3キロ前後のスズキの太ったものを使い始める。旬最後の漁獲量激減の中で、ロウソクの灯が消える寸前の、最後の一瞬の輝きと同じような素晴らしいヤツを、間隙を縫って探し探ししながら、今期のマコカレイの使用を終わらせてゆくことになる。
 9月19日、カワハギの良品を仕入れる。先週の連休を利用し、東京湾内湾の浜金谷、保田、勝山あたりで、今でも獲れていると言う、金アジ、黄金アジの確認のための産地漁協回りの際、早くもカワハギの肝の大きく成長したものを目撃して来たのだった。        平成14年9月19日

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銚子漁協 外川支所 島長水産 行

平成15年12月12、13日

銚子市漁業協同組合 島長水産の平目

目的
 15年程前から、築地市場に入荷するヒラメは、青森産が圧倒的に高く評価され、高値で取引されている。しかし、最近見られるようになって来た青森産ヒラメの劣化現象の中で、常磐、外房産の平目が再評価され始めている。昨年、千葉県外川漁協から茨城県波崎漁協の冬場のひらめいと夏場のマコガレイで、良質なものを多々見かけ、使用したのだった。では外川漁協、波崎漁協のヒラメとマコガレイとは如何なるものなのだろうか。

 銚子漁協は、外房・常磐・三陸に及ぶ数多の漁協の中で、最も漁獲扱い量が多い漁港として知られている。イワシ、サンマ、カツオ、イナダ、タコ等の大衆魚の扱い量が群を抜いて多いからだ。しかしバブル崩壊の頃から始まったイワシの大不漁と、海況の変化による時化や不漁の長期化、日本経済のどん底化による魚価の低迷は、漁協に深刻な影響を及ぼし、産地荷受け業者の廃業、後継者不足と高齢化による漁師の廃業も多くなってきていると言う。
 12月12日午前9時、快晴の銚子港は穏やかに静かであった。
 第一卸売市場から銚子港先端の第三卸売市場までの距離はかなりの広大さで、徒歩だと20分ほどかかると脅かされ、タクシーで案内してもらうことになった。
 本日の泊まりとなる船員保険組合による保養旅館「わかしお」の真ん前にある第一卸売市場は閑散としていた。第三卸売市場の開設と共に使用されなくなったと言う。やがて現れた第二卸売市場はマグロなどの大物と、巻網漁によるサンマ、イワシを専門に扱うが、サンマは12月20日が最終入荷になると言う。もうすでに脂が落ち、商品価値を失ってしまっているからだ。本日は久々に背黒イワシが300トンの大豊漁となり、漁港には活気が漲り、夜までトラックへの荷積みが続いていた。
 大物のセリ場では、クロマグロ、メバチマグロ、キハダマグロ、マカジキ、ビンチョウマグロ等が並び、次々とセリが行なわれていた。
 本日、200キロのクロマグロが1本入荷、キロ単価4,800円のセリ値。
 メバチマグロは15キロ以下をメボ、以上をダルマという。マカジキの突きん棒漁はもう既に銚子港では行なわれていない。高度の技術と効率の悪さ故に、遥か昔に刺し網漁に切り替わってしまったと言う。マカジキは八丈島近辺以南の領域のものは脂の乗りが悪く、北の気仙沼から常磐のいわき近辺で漁獲されるものが良質とされると言う。
 午前10時、第三卸売市場に到着。セリは次々と進行していた。本日お世話になる外川漁協の産地荷受け卸し業者である島長水産の島田社長とは、午後2時半、セリが終ってから待ち合わせすることになった。それまでの時間、港に入港する漁船の荷揚げと、入荷している魚介類、セリの状況を観察することになった。

 サルエビ(シマエビとも呼ばれ、かき揚げ、しんじょ等に使われる)、ボタンエビ、イナダ、ミズダコ、キンメ、クロムツ、メダイ、ドンコ、アンコウ、ナメタカレイ、小ヤリイカ、カスゴ、タチウオ。

  銚子漁協では、巻網漁、底引き網漁を主とする。山があり、湾があることを条件とする定置網漁はしない。釣り漁もしない。海流が早すぎるのだという。
 底引き網船24隻、巻網船15隻。機械釣りによる銚子漁協のキンメダイ、クロムツ漁は、200メートルから300メートルの深海となる最高の漁場を持ち漁獲量も多く、伊豆の稲取漁協と共に高く評価されている。脂の乗りが素晴らしく、鮮度の保持も良いからだ。昨年のキンメダイの水銀含有騒ぎは魚価の低落を促し、採算がとれずに操業中止を招く大打撃を受けたと言う。魚介類の合成化学物質による汚染の、安易な報告、摘発による被害であったが、環境ホルモンによる汚染の調査、報告、摘発は重要なことであり、そのありようが注目されている。合成化学物質使用禁止による環境ホルモンからの被害の予防のためには、ある程度の犠牲の発生は必然となる。その際の補償のありようが問題となってゆくのだろう。

銚子市漁協外川支所
 外川漁協は数年前に銚子漁協と合併し、銚子市漁協の外川支所となっている。外川支所の漁船の漁法は、今どきには信じられないことだが、昔から全て釣り漁であると言う。
 港で整備中の漁船「三浦丸」の船長兼漁師に話を聞く。
「40年前頃までは豊富に魚が獲れ、マカジキ漁も盛んだった。マカジキ漁は漁期になると毎日の出漁だったが、空振りの日も多い。安定収入があり、サラリーマン化した今どきの漁師達は、土・日曜日も休めるキンメ漁に移って行った。マカジキは今では刺し網で獲っている。この港では皆1人から3人ぐらいまでの家族労働で漁をしている。
『三浦丸』は18トンの船だが現在のキンメ漁の漁獲量では4トンの船で十分だ。船は手入れさえ良ければ一生もんであり、燃料代がもったいないのだが、もう歳だし、後継者なしだから買い換える気はない。1船4,000万円。年間水揚げ高は2,000万円から3,000万円。漁場は水深300から500メートル。機械巻による釣り漁で、乱獲で漁獲量は減ってきているが、十分に生活はしていける。しかし漁法、魚群探知機、衛星を使った機材の進歩による乱獲はひどいもので、漁獲量激減の追いかけっこになっている」。

島長水産
 島長水産は外川漁協において3代に亘る産地荷受け業者である。外川、波崎、銚子他近隣の漁協、漁師より高品質の魚介類を買い取り、築地、関西方面他に出荷している。一部魚介類の加工販売もする。小魚の干物加工、トラフグ、シオサイフグ等の剥き身加工販売もしている。
 近辺の壺ダコの扱い量は業者の中では最も多く、昨年度には11月から3月までに200トンから300トンの扱い実績を残す。しかし、今期の壺ダコ漁は大不漁となり、全く数が揃わないと言う。その結果、タコを天敵とするために、例年では、とっくに終っているはずのイセエビ漁がいまだに続いている。

◎三陸、北海道のエゾアワビが解禁にもかかわらず、大不漁で高値を付けているのは、アフリカ産のアワビが夏場に不漁で入荷が少なかったために、その代替として手当てされてしまい、漁期の今になって全く数が揃わなくなっているのだと言う。

◎水温14度、例年並の水温だが、昨年福井県を中心に大発生した越前クラゲが、銚子沖にも大発生し、網漁に大打撃を与えている。九十九里のイナダ漁の網にかかる3割がクラゲだったという。それでもイナダは1匹15円。先日、ベンカスと産地で呼ばれる江戸前鮨で使われる春子(かすご)はキロ単価15円しか付けなかったと言う。絶望的な安値だ。
  この春子の安値は常磐の平潟港でもそうであったが、春子がもう漁師達の正規の漁獲の対象魚としての価値を失ってしまうことになるだろう。しかし、築地市場でのキロ単価1,000円からの値付けは何なのだろう。流通経費が高すぎるのだ。

島長水産の活け場とヒラメ
 島長水産での活け場は、弟さんの島田則佳専務が一手に切り回していた。
 無口そうでとっつき難そうなタイプであったが、いやいやどうして、ヒラメ、マコガレイ、マダイにかける情熱がひたひたと伝わってきて心地の良い時間の経過となった。
「外川漁協は、おじいちゃんの時代には、釣りもののマダイ漁獲量が日本一であった。氷の手に入りにくい時代で、氷無しで笹に巻き、樽に詰めて千住市場に出荷した。外川の壺ダコはイセエビをたべているので味がよく、全国的に禁漁期である6月から8月でも漁期無しで獲られ、出荷され、夏場から秋口にかけて高値を付ける。他の漁協の底引き網漁によるマダコは、茹でると傷がはっきりと出るため安値となる。茨城県の常磐海域では1月中旬頃に卵を持ち、3月ころが最高値を付けることになる」。
島長水産のヒラメ
「外川漁協の漁場は砂地が多く、ヒラメも薄い灰色をしているものが多い。地付きのヒラメは身肉が薄いことが多いのだが、12月に入り、セグロイワシを追いかける『餌追い』の時期になると脂が乗って身肉に厚みが増して俄然良化し、旨さの旬の最盛期に入ってゆく」。
 事務所でのしばしの話の後、活け場に案内された。
 島長水産の活け場は7つの水槽に分かれている。魚種の違いと、出荷前に身肉を戻し、良化させるための経過日数別になっていた。「釣りたてのヒラメは腹側が赤く滲んでいるものが多く、2日から4日、生簀の中に放してやることによって、滲みがもどり、身肉もゆったりと元に戻る。飲み込んでいた針も吐き出す。そして頭と尾を持つとピチピチと跳ね、張りのある状態となる」と言う。 生簀の中には薄灰色のものと、黒っぽく艶のあるものとがびっしりと混在していた。「長山さんはどちらのヒラメを選ぶか?」との質問があった。「先ず身肉の厚みを手で触って確認し、縁側の大きさも確認、その上で表皮の色を参考にするのだが、どちらかと言うと黒っぽく艶のあるヒラメを選ぶ」との答えに、「表皮の色は生簀の中を暗くすることによってある程度黒くすることが出来る。しかし、餌追いの時期になると、自然と黒っぽく艶の良いものになってゆくようだ」という。
「釣り漁のヒラメを生簀で泊ることによって身肉を元に戻し、良化させてから出荷するのだが、さらに出荷前に20分から30分、真水に入れる。 鰭や尾っぽ、表皮に寄生しているヒルや回虫を殺し、取り除くことが出来る。この回虫やヒルは、平目の血を吸い、身肉をボロボロにしてしまうことがある。さらに沖合いで傷を負ったものは真水に浸けることによって『ヌル』、『ノロ』が出てきて傷を治すことが出来る。かってはこのために薬品を使ったこともあった」と言う。10年程前に抗生物質、あるいは酵素の使用が囁かれ、当時ヨード臭のするヒラメの発生の原因の1つではないかと青森漁協を訪ねたことがあったが、この当時、全ての業者が使用を否定していたのだったが…。
「マダイは釣り上げたあと腹に空気が入り、横向き、さらには腹を上にして浮いてしまうことがある。黒眼に白が差してきて眼が上がってしまうこともあるのだが、腹から空気を抜いてやることによって元に戻してやることが出来る」と言う。 このようにして島長水産では、釣りたての魚を直ぐに出荷するのではなく、さらに良くなるように手当てをし、品質を向上させてから出荷しているのだった。 かって当店の「本日の魚と産地」の品書きには、釣りものの魚には必ず“釣り”と明示したものだった。釣りものの魚はしっかりと高級魚であり、好漁場で獲られた、手入れの良い最高の身質のいい魚であったからだ。しかし、漁獲効率を高めるための漁法の進歩と漁獲量の激減は、釣り漁を困難にさせ、衰退させる結果となり、多くの漁場で網漁が主体となってしまっていることが多い。
 外川漁協は一時的な漁獲量の増大を狙わず、資源の保護、維持を考え、貴重な釣り漁を、今でもしっかりと堅持する良心的な漁協だった。
 島長水産は波崎漁協の釣りもののヒラメ、マコガレイも出荷してくる。波崎漁協も釣り漁で、最高品質のヒラメ、マコガレイが漁獲される漁場を持っているのだ。外川漁協産は○〆。波崎産は○波として区別して出荷している。

◎エビ、カニ、タコも海水温が高いと回虫が付き易く、沖合いに逃避することになる。回虫を殺すために塩水濃度が低い海水に漬けることが必要となる。漁船と水槽が近いことも大切なことになる。
◎4月から7月にかけ、ハマグリ・岩カキの貝類が卵を持つとしびれの毒を持つことがあるが、常水温の水に6時間程つけることによって取り除くことが出来る。
◎貝の砂出しは、冬場は10度の海水に12時間。夏場は23度の海水に6時間入れることによって完璧となる。短時間で砂出しをするには鍋のなかで海水を20度から25度に温めてやると早い。 
 かくして、貝類の出荷は全て毒抜き、砂出し処理の後に出荷される。
 帰京の数日後、島田政典社長から干物が届いた。
 セグロイワシ、ヤナギカレイ、メヒカリ、キンメ、久々に食べた絶品の干物であった。奥さんの責任の元に塩加減、干し加減を調整するのだと言う。絶品の塩加減と干し加減を、銚子の潮風による天然の恩恵であると、謙虚な言い様であった。来年から郵パックの対象商品になるという。期待大なり。大変な評判を呼ぶことだろう。        平成15年12月25日

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明石、鳴門の鯛(タイ)

 3月の下旬、旬の最後に往往にして混じることのある、とっておきのいいヒラメにも遂にお目にかかれることもなくヒラメのシーズンは終わっていった。
 さりとて関東近辺のマダイにはもう一つあき足らず、南淡路島の松栄丸水産に電話を入れることになった。そろそろ瀬戸内のサクラダイの季節のはずである。沼島のヒラサバの扱いで名を馳せた産地荷受けである松栄丸水産は鳴門海峡から明石海峡にかけてのマダイも扱っている。
 社長の松本司さんの直々の選別により送られてきた2キロ前後の浜締めのマダイはさすがに素晴らしいものであった。最初は熟成の時間の失敗もあったのであるが、前日の午後3時ごろに浜締めされたタイは、絶妙の氷の使い方による温度調節の工夫と、「追っかけ」の輸送方法により翌日の夜、最高の熟成の旨さにもってゆくことが出来るようになった。今期、この松栄丸からのマダイの仕入は成功であった。しかし常態化した水温の上昇は、マダイの産卵時期を早め、5月の上旬早々にはもう鳴門、明石の鯛の旬は去っていった。
 関西の人々にとっての栄光の明石、鳴門のタイも、近年漁獲量の激減と共に質の低下を来していると言う。特に阪神大震災は海底の魚の根の分布状況までも破壊し、明石近辺の魚の生態系をかなり狂わせてしまっているらしい。タイの大切な餌となる瀬戸内の重要な漁業資源であったイカナゴの生態にも異常をもたらし、漁獲量を激減させている。イカナゴを餌としている明石のタイにとっては大きな痛手であるはずである。
 しかし、京阪神の人達にとって明石・鳴門のタイは伝説的な誇りと栄光の魚である。4月から5月の花見時、京都、大阪の日本料理屋は明石、鳴門のタイ料理一色に染まる。
 この海峡の最高の生息条件に対する伝説。明石の魚の棚市場での最高の活け締め技術に対する伝説。脂が乗り、しっとりと琥珀に色ずく身質の見事な旨さの伝説。そして明石のタイは、見事な桜色に輝いているのである。
 2年前に遊びに行った「魚の棚市場」のマダイの扱い業者達は皆口を揃えて言ったものである。「明石のタイは身が琥珀色をしているんだ! だがら旨さがちがうんだ!」
 しかし、現在この琥珀色をしたレベルのすごいタイを手に入れるのはかなり困難な状況となってきていると言う。漁獲量の激減は、他の漁場からのタイの混入を平気で日常化してしまっている。今回松栄丸水産で選別されたタイ達は全て本場のものであったが、残念ながら見事に琥珀色をしたものは入荷しては来なかった。しかし、桜色の体色は素晴らしく美しく、タイ特有の身質の甘みと締りは充分であった。

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星鰈(ホシガレイ)

春美鮨がこの数年、四季の旬を追いかけて使ってきた白身の魚をあげると次のようになる。
初夏~夏・・・星鰈、真子鰈、鯒(コチ)、スズキ・フッコ、アイナメ
中秋~晩秋・・平目、カワハギ、ホウボウ、真鯛
初冬~春先・・平目、カワハギ、ホウボウ、真鯛、ヒラスズキ、アラ

幻の白身…星鰈
 東京のすし屋が使う白身の種類は大体以上のようなものであるが、これらの中でも、ホシガレイは、別格で特異な地位を占めている。
 ホシガレイは白身の魚の中でも最高級の地位と格を持っている。初夏から夏場にホシガレイの2キロから3キロ級のサイズの上物を使っているということは、店の意地であり、板前・職人同士の仲間内でも自慢であり、見栄の張りがいのある誇りともなる白身なのである。大袈裟に言えば、職人にとって、一生に一度は使ってみたい幻の憧れの白身なのである。
 この20年ほど、日本各地の漁港、漁場をかなりまめに訪ねていったのであるが、きまって同じようなセリフを聞かされるのだった。「昔はたまには獲れたんだが、最近は全く獲れなくなってしまったなぁ」
 ホシガレイは北海道から九州まで分布はかなり広いのだが、生態系が弱いためか昔から漁獲量が少なく、高級料亭だけが使うことのできる、夏場の白身の最高級魚とされてきた。そして最近はさらに漁獲量の激減とともに、まるで幻の魚のような状態になってしまった。
 その「幻の」と言う商品価値をも含めて、高級化したすし屋達が密かに使い始め、すし好きの通人たちの間に知名度を上げていったのである。しかし、ホシガレイが最高級魚として目されるのは、その希少性のためだけではない。その味覚上の旨さの所以なのである。日本人の食通達を痺れさせる微妙な魅力を持っているのである。
 そもそも白身の魚は、他の魚介類に比べかなり味が淡白であり、香りも微かで薄い。旨みを充分に味わい愉しむには、かなりの訓練と、財布をはたかねばならない。それでも旬に入って脂が乗り旨みが増してくれば、味が濃厚になりそれなりに誰にでも愉しめるのであるが、このホシガレイという白身はそうは一筋縄ではいかないところが魅力なのである。
 ホシガレイの最大の旨さの特徴は、身質が極めてしっかりと締っていることと、味が極端に淡白であるということにつきる。
 身肉は透明感に富み、他の白身に見られるような水っぽさが全くなく、フグの身質に近いため、包丁が良く効き、薄作りには最適な白身となる。相性の良い調味料と香辛料としては、煮切り醤油とワサビ、ポン酢醤油ともみじおろし、浅葱、天然の海水塩(「海の精」の「青袋」)とワサビ、といった具合にいろいろと愉しむことが出来る。

フグと星鰈
 では、白身の魚の中でも、別格的な存在となっている、一方の白身の雄であるフグは、なぜ高級魚としてその旨さを絶賛されるのであろうか。
 フグはゼラチン質の非常に豊富な魚で、鍋にしたり、煮こごりにするとさらに独自の旨さを発揮し、冬場を代表する人気のある高級魚であるが、その本領はなんと言っても刺身にあると言える。料理人が腕を競うフグ刺しの薄作りの美しさは、職人芸の誇りでもあるのだが、その旨さは淡白な味の中にゼラチン質を含んだフグ特有の香りをも含めた旨さなのである。
 フグはテトロドトキシンという猛毒を体内に抱えながらも、極めて淡白な味わいであるが故にその旨さを絶賛されるのである。猛毒を持つために、調理を禁止されている肝を食べるという死の恐怖をも伴なう伝説的な言い伝え故に、世界に冠たる魚介類の食文化を持つ日本の食通達に賞賛されるのである。しかし、フグは淡白とはいえ、しっかりとした味わいと香りを持っている。フグは黙って目隠しで食べてもしっかりとフグであることがわかる。
 しかるに、ホシガレイは、フグよりもさらに淡白な味わいを持つ白身なのである。
 身質もフグと同等にしっかりとして密度があり、身だれがしないが、フグのように多量のゼラチン質と独自の香りは持っていない。用心深く、しっかりと噛み締め味わうことによって、幽かなホシガレイの甘みと旨さが立ち上がってくるのを識ることが出来る。これほど注意深く味わわないと微妙な旨さは簡単に見落されてしまう可能性が大きい。幻的な希少性と高価格。フグよりもさらに淡白な味わい故に、食べ手の味覚能力を鋭く試されるようなところがあり、ことさらに味覚の鋭い通人好みの白身魚となっているのである。
 しかし、6月頃の、肝が最大に大きくなり、少し卵を持ち始めた頃には、思わず笑みがこぼれてしまいそうな品の良い甘みを薄っすらと発揮し始める。
 その甘さは、フグよりも幽かであり、ヒラメよりはさらに遥かに微妙で幽かである。
 だがその最高の旬の一時は短く、瞬く間に過ぎていってしまうのである。

星鰈の旨さの堪能の仕方
 ホシガレイの旨さを堪能するには、密かなテクニックを必要とする。それは最高のフグ刺しを愉しむための技術と合い通じるものがある。活け締めされたフグは、三枚に下ろし、皮を引き、綺麗に磨いてから布巾に包み、一晩寝かせる。それは理想的な熟成の旨さを引き出すためである。しっかり締った身質の硬さは熟成の中で少し軟化し、それと同時にフグ特有の旨さと香りも引き出されてくる。さらに薄作りのための身質の伸縮性も生じてくるのである。
 身質がしっかりと締り、極めて淡白なホシガレイは、まさにこのフグの世界に通じるものがあるのだが、フグよりも淡白な身質の旨さを充分に引き出し味わうためには、この熟成のテクニックを徹底させる必要がある。2キロから3キロの大きさの最上のホシガレイの場合、朝締めて夜に食す「活け締め」の世界の旨さの採りかたよりも、翌日の昼から夜を旨さの頂点とする「浜締め」の旨さの採りかたをベストとする。
 ホシガレイの旨さの世界を愉しむ時は、一瞬会話を止めて意識を集中させなければならない。あえてこの意識の集中を要求される白身なのである。最も美味とされ脂の乗っているエンガワでさえもヒラメと比べると遥かに脂が淡く、甘みも淡白である。しかし、じっくりとゆっくりと噛み締めてゆくならば、必ずやホシガレイのエンガワの凄さを思い知らさせてくれることだろう。

産地
 ホシガレイの旬真っ盛りは5月から6月頃である。この時期に入ると2キロから3キロサイズの常磐から三陸にかけてのホシガレイの入荷が断続的ではあるが続いて来る。身質、脂の乗りともに素晴らしいものが多くなってくる。
 千葉、房州、三浦半島、伊豆半島、三重、紀州などの各地でも少量ずつ獲れるのであるが、旬の走りには長崎の島原近辺のものが比較的多く入荷して来る。

旨さのための最適の大きさとその価格
 ホシガレイのベストに旨いサイズの大きさは2キロから3キロ位のものであり、1キロ台のものではない。特に1キロ前後のものとの比較になると、プロの間の評価ではキロ単価の値段が2倍から3倍ほどの差となって表れることが多々である。一般の人に、この値段の差と旨さの味の差の違いを理解できるだろうか。しかしこの値段と味の評価の問題は全ての魚種に言えることである。平目、鯒(コチ)、真子鰈、真鯛、ホウボウ、石鯛、アラ、等全ての魚にサイズの違いによる厳密な値段の評価の違いがある。さらにワサビの世界にいたっては、品質の差によってキロ単価4倍から5倍もの開きとなって表れてくる。
 このサイズと品質の違いによる旨さの差を正当に評価して仕入れるか、あるいは無視して逃げてしまうかに、高級店としての見識と誇りがかかっているのである。

ホシガレイと他の白身魚の価格
 ホシガレイと他の白身魚との、それぞれ最高の品質の活けの状態でのキロ単価の比較。
ホシガレイ(2キロ~3キロ)1万5,000円~2万5,000円
マダイ(1.5キロから2キロ)1万2,000円~2万円
ヒラメ(2キロから3キロ)1万円から1万5,000円
マゴチ(1キロ前後)8,000円から1万1,000円
イシダイ(1.5キロから2キロ)3,000千円から5,000円
スズキ(4キロ前後)4,000円から6,000円
フッコ(スズキの弟・2キロから3キロ)3,000円から5,000円
アイナメ(1キロ前後)3,000円から4,000円
ホウボウ(1キロ前後)4,000円から8,000円
カワハギ(0.7,8キロ)3,000円から9,000円
アラ(10キロから15キロ)5,000円から1万2,000円 

平成11年、ホシガレイの仕入状況
4月13日 1.5キロ キロ単価1万3,000円 1万8,500円 長崎県、長崎
 ホシガレイの旬は九州から始まってくる。今期初仕入れ。いよいよホシガレイの季節だ。サイズが少し小さく、九州産ではあるが身肉が太り、上物であった。しかし、いまだ旬の走りであり、エンガワも含めてもう少し旨みが足りない。 

4月16日 1.4キロ キロ単価1万7,000円 2万3,800円 長崎県、長崎
4月23日 1.9キロ キロ単価1万9,000円 3万6,100円 福島県、原釜
 常磐地方最大の水揚げ高を誇る原釜港は、ホシガレイ、マコガレイ、ヒラメ等の高級魚の名産地でもある。常磐ものは、九州産より通常半月から一月ほど旬が遅れるのであるが、いち早くうっすらと卵を持ち始め、肝も充実して肥大化し、もう旬真っ盛りの状態となっている。尚、ホシガレイ、マコガレイ、ヒラメは2キロ程以上のサイズのものは全て雌であり、雄は大きく成長しない。また、ホシガレイはもう釣り漁の対象とはなり得ず、定置網・底引き網漁によってたまま獲れるというような状況である。

5月6日 2.6キロ キロ単価1万6,500円 4万2,900円 長崎県、長崎
5月10日 2.2キロ キロ単価1万8,500円 4万700円 福島県、原釜
5月17日 2.2キロ キロ単価2万円 4万4,000円 岩手県、大槌
5月24日 3.0キロ キロ単価1万4,00円 4万2,000円 福島県、請戸
5月28日 1.8キロ キロ単価1万2,000円 2万1,600円 福島県、原釜
6月10日 3.4キロ キロ単価1万500円 3万5,700円 岩手県、大槌
 常磐から三陸にかけてのホシガレイは6月半ば頃より漁は極少ながら、比較的連続的に入荷してきている。

 6月10日、3.4キロの少々大きめの岩手県大槌産は見事であった。全体にしっとりと脂が乗り、エンガワも素晴らしく肉厚で、充分に乗った脂はヒラメと見間違えるほどの甘みと旨みを漲らせていた。3.4キロのホシガレイはたっぷりと使いでがあり、破産状態の日本経済の下での飲食店ではとてもじゃないが使い切れず、こんな素晴らしいものでも値が付きにくいため、かえってお徳用のキロ単価となっている。しかし、これから水温の上がって行く7月から8月にかけてホシガレイは本格的に値上がりして行く。(6月12日現在)

養殖
 九州から三陸の各地で、最近ホシガレイの養殖が盛んに行われているという。このホシガレイとは、マツカワガレイの稚魚を1キロ程のサイズに養殖したものである。
 一見、ホシガレイとよく似ているのであるが、ホシガレイ特有のヒレの部分の丸い黒い斑点が縦長に外に流れているため容易に識別することが出来る。身質が柔らかく、旨みも大きく劣っているため、築地市場では、全く評価されていないという。

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真子鰈(マコガレイ)

 旬、分布はホシガレイとほとんど同じであるが、漁獲量は遥かに多く、初夏から夏場にかけての白身を代表する高級魚である。1キロ前後までの物は、煮物、焼き物、刺身に使われ真ガレイと混同されるが、旬の真っ盛りに達した2キロから3キロ級のマコガレイは凄い。
 背中の肉が見事に盛り上がり、黒々と輝いている。ホシガレイよりもヒラメに近い身質なのだが、ヒラメよりもう少し身質が柔らかく、しっとりとしている。ヒラメよりもう少し淡白な甘さと旨さを持ち、ヒラメに匹敵する同等の格を持つ高級魚である。特に常磐から三陸にかけてのものに最高品が多い。
 ヒラメの平明で味の濃い旨みと甘みは誰にでもすぐに理解することができるのだが、ホシガレイの品の良い淡白さとマコガレイの旨みは非常に微妙であり、それぞれの名前を意識しながら食さないと、旨さを見落としてしまうことになる。せっかくの高級魚である。それぞれの名前とそれぞれの旨さの違いを充分に愉しみたいものである。
 ちなみに、大分県・日出の名産の城下鰈(シロシタガレイ)はマコガレイであるが、この一キロ前後のものよりも常磐から三陸にかけての釣り、定置網漁の2、3キロ級のマコガレイのほうが身質がしっかりとし、旨みものっていて遥かに美味である。シロシタガレイの旨さは、「伝説的」な旨さだけのようである。

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鱸(スズキ)


セイゴ、フッコ、スズキ
 スズキは出世魚である。一瞬の鋭い当りと猛烈な食い込みは、釣り人にとって非常に大きな魅力のある魚であり、旨さの旬としては初夏から秋口にかけての頃である。
 3月半ば頃から始まる東京湾の巻き網漁は、この時季から内湾に入りこみ脂の乗り始めた中小羽の真イワシを追いかけて行くのだが、同時に湾内に生息するフッコ、スズキも追いかけて行くことになる。しかしバブル崩壊の10年前頃より始まった真イワシとコハダの大不漁は、結果的にこのフッコとスズキを重点的に漁獲してゆくことになった。だからまだ旬には少し早いこの時季にドッと市場に入荷してくることになる。

東京湾内のスズキ
 東京湾は豊饒の海である。この海に生息する魚たちは他の何処の海の魚達よりも甘みと旨みが濃いとされる。しかし例外がある。このセイゴ、フッコ、スズキだけはなぜか例外的に魚のプロ達の間では差別されているのである。
 なぜだろうか。昭和30年から40年代にかけての高度経済成長の落し子となった公害は、東京湾を見事に汚染させていった。特に目に見える汚染としては、船舶等が廃棄する重油が大問題となった。海の表層を回遊する魚達がこの重油によって汚染されていったのである。重油臭い魚が大量に漁獲され始め、市場に出現しだしたのである。この重油による汚染対象となった魚種(コハダ、イワシ、サヨリ、スズキ、シャコ)の中にスズキも含まれていた。
 たとえ微量の汚染でも、一度魚体の中にまで染込んでしまった重油の匂いは煮ても焼いても決して消え去ることはなく、口の中で咀嚼し、呑み込む瞬間に重油の耐えられない臭みが口中いっぱいに広がってくるのである。最近でこそ少なくなったのだが、いまだにたまに発生しているという。くわえてスズキには特有の持ち味と香りがあるのだが、この香りが、往往にして重油アレルギーのために重油の臭みと混同されるという不幸な反応が多々出ることがあった。
 さらに、東京湾内湾のスズキはどういうわけかスマートで痩せていることが多い。旬の真っ最中の頃でも脂が乗り、身質の色が琥珀色になっているものなど全くなく、なぜか身肉が水っぽくぶよぶよしている感じのものが多い。又、内湾のフッコ、スズキは巻き網漁によって大量に捕獲されるため身質の荒れているいるものが多々混じることになる。それ故に、東京の上物屋として暖簾を張っているすし屋が、築地で内湾のスズキを買おうものなら上物屋の仲買人達に密かに軽蔑されかねないのである。
 では、何処で獲れたスズキを最高品とするのであろうか。
 茨城県の川尻辺りを中心に、外房から常磐にかけての物を最高品とする。スズキ特有の香りのアクの強さが少なく、旬に入ると脂が乗って丸々と太り、活け締めした時の、肩にいれた包丁の切り口からは、鮮血に混じって、じゎぁーと脂がにじみ出てくる。そして最近はずいぶん少なくなってしまったのであるが、時にはしっとりとイイ脂の乗った琥珀色の身質の最高品にぶつかるのである。
 さらに三浦半島の東京湾寄りから相模湾にかけての下浦、松輪、佐島産、伊豆半島、三重県尾鷲辺りからも良品が入荷してくる。

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鯒(コチ)

 初夏から夏にかけてが旬である。釣り人たちが「照りコチ」と呼ぶ、梅雨明けの太陽がかっと照りつける頃に釣れはじめるコチは、実は釣り人達のための旬であって、旨さのための旬を通り越していることが多い。この頃はもうすでに大きな卵をもちはじめていて、それゆえの猛烈な食欲が、釣果となって表れることになる。コチはよく「夏のフグ」と呼ばれる。しっかりとした身肉の締り具合と、フグと同じようにゼラチン質に富みながらも淡白な味わいは、しっかりとした旨さを内在している。
 このコチ、ホシガレイ、ホウボウ、カワハギなどはかって、江戸前のすし屋の間ではほとんど使われない白身であった。この20年前頃からであろうか、江戸前すしの高級化に伴ない日本料理の割烹の仕事が多々採り入れられるようになった。その過程で種々の高級な魚達が当たり前のような顔をしてすし屋のつけ台に並ぶようになり、しっかりと知名度を上げ人気のある白身となった。
 コチは歩留りの非常に悪い魚である。頭部の比率が大きく、縦に三枚に下ろした左右の体内には、17+17の34の小骨が隠れている。これらの小骨は大変硬くしっかりした骨であり、全て骨抜きで抜き取らないと刺身にならない。歩留りの悪さと、この手間のかかりようが欠点であるが、フグのように薄作りの刺身にすると本領を発揮する。紅葉おろし、浅葱のポン酢醤油に相性がよく、見事に夏のフグなのである。
 すしに握るさいにはこの身質の硬さは少し邪魔になる。活け締め全盛の時代であるが、すしの旨さのためには活け締め後1日位熟成させ、浜締めの状態にしたほうが旨さが増す。
 分布は九州から常磐地方にまでわたる。築地市場に入荷してくる活けのコチでの最高級品は東京湾外縁部、外房、三浦半島一円、相模湾の佐島近辺のもので、0.8キロから1キロ位のサイズのものに特に優れたものが多い。

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皮剥(カワハギ)

 晩秋から冬にかけてカワハギが美味しくなってくる。
 活け締めされたカワハギの身質は透明感が高く、非常に淡白な白身なのだが、小型の魚であるため浜締めの状態にすると旨みは出てくるのだが、そのかわり急激に身が緩み始めてしまう。だが、カワハギの魅力の全ては身肉よりもその肝にあると言っても過言ではない。肝の旨さを愉しむには、なにがなんでも鮮度との勝負ということになる。鮮度が良ければ良いほど甘みが強く生臭みも出ないで美味しい。だからカワハギを使うときには活け締めのものに限ることになる。
 当店でも、晩秋の頃に一時カワハギを追っかけるのは、この肝の旨さを愉しみたいからである。肝をさっと霜降りし、ポン酢醤油、もみじ、浅葱で食す旨さはまさに酒呑みのための絶品の肴となる。しばし置けば、肝の中からジワーと滲み出してくる旨みの脂は、非常に密度が濃厚で薄い琥珀色をし、トロリとしている。この肝をつぶし、溶きこんだポン酢醤油で食べるカワハギの刺身が旨い。カワハギならではの絶妙な旨さを愉しむことが出来るのである。活け締めのカワハギを握り、このポン酢醤油を上から少し垂らしてやる。カワハギのすしの独自な旨さの世界が広がってくる。
 平成10年から11年は、旨いヒラメの大不漁年であったのだが、その代わりに中秋の頃より早くもカワハギが大量に獲れるという異変が生じ、さらに肝までもが(最初は少し甘みがたりなかったのではあるが)既に大きく肥大していた。だから例年になく長い間追いかけることになった。
 平成4年、東京都のフグ調理師の免許を取得したとき、フグの肝は猛毒のテトロドトキシン含有のため一切の使用を禁止されたのであるが、大分県の別府近辺では公然と料理屋で出していると言う話を聞き別府へ飛んで行った。別府、臼杵、佐伯とフグ三昧を愉しんだのだが、この時、全ての料理屋で見事な量の肝を食べさせられたのであった。
 本来なら、1年分位の致死量なのだが、全く死ななかった。痺れもしなかったのである。フグの肝の味は見事にカワハギの肝の味と同じであった。大分県の料理屋でのフグの肝はカワハギの肝を使用しているという噂もあるのだが、たとえフグの肝であったとしても中毒死の危険を犯すぐらいなら、この見事に旨いカワハギの肝を代用すべきである。カワハギの分布は広く、太平洋側では三陸地方から九州まで、日本海側では秋田以南九州までである。
 カワハギの肝の旨さの価値評価は、都会人達の味覚の嗜好によるものであるらしく、各産地ではその旨さは充分に知っているのであるが、都会の市場での価値判断と大きな落差があり、最近まで産地によっては「活け」での出荷はほとんどしていないところが多かった。産地で自家消費されていたのである。最近では、各地より積極的に活けで送られてくるようになった。
 近種にウマヅラハギがいるが、この肝も鮮度と最初の処理さえしっかりと為されていれば美味である。         平成11年6月

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クロムツとキンメダイ

稲取漁業協同組合 行

平成14年7月21日

 先週、先々週と立て続けに関東を通過して行った台風と共に、やっと関東地方も梅雨明けとなった。家族と親戚5人、熱川温泉にて海の日の連休を愉しむ。
 翌朝、晴天の暑さの中、稲取漁協を訪ねる。稲取港は伊豆半島の中でも特異な漁協として知られている。かねてから一度寄ってみたかったのだが、近場ゆえに行きそびれていたのだった。今回の稲取漁協行の最大目的は、稲取漁協産のクロムツとキンメダイについての聴き取りだ。この漁協では、クロムツとキンメダイとが全ての主役であり、その漁獲に全てを賭けているようなところがある。
 毎年、晩秋頃から春先にかけ、築地市場には、クロムツとキンメダイの入荷が多くなってくる。千葉県の銚子、勝浦、富浦、勝山。神奈川県松輪、三崎の地物、島周りもの。静岡県からは網代、御前崎辺りからも入荷してくる。旬に入り、見事に脂が乗り、相場も高くなるため、各地の漁師達が集中的に漁を始めるからだ。

旨味と嗜好の変化
 その中でも、稲取漁協のクロムツとキンメダイは銚子産のものと共に、別格的な評価をされている。クロムツの漁期は晩秋から春先までだが、脂の乗りは常に素晴らしく、築地市場へ入荷する同種の中では最高級品として扱われている。1キロから2キロ弱の最上もので、キロ単価は高値で2,500円ほど付ける。しかし、冬場に寒ムツと呼ばれ、中級漁の位置を占めるクロムツに比べ、キンメダイは漁獲量が多く、昔から大衆魚として愛されてきた。
  その華々しい朱の体色と、金色の目の色は、チョッと南方系の魚を連想させ、さらには身質が柔らかいという欠点もあり、東京の高級すし屋では、昔からの偏見のもとに、決して使わない魚となっている。当店もすしネタとしての寒ムツは、旬の最たる時にはたまに使うこともあるのだが、キンメダイは、かって一度も用いたことはない。キンメダイは身質が柔らかく水っぽいところがあり、その旨みは、煮るか焼くかすると本領発揮の魚なのだ。
 戦後の日本人の食生活と嗜好の変化は、脂の乗った甘みの強い魚の人気を高めていった。マグロの赤身はトロの人気に完全に圧倒され、アナゴの子供であるメソッコの人気は、100グラム級の大きさのものに、小アジの旨さは脂の乗った中アジの旨さに移って行った。三陸、北海道産の脂のたっぷりと乗ったキンキは、漁獲量の激減と共に高値を付けるようになり、網走の釣ものなどは、キロ8,000円からの高級魚となっている。
  キンメダイはそれでもまだキロ単価1,500円から2,500円と手ごろな値段と、深海の魚特有のゼラチン質を内蔵する、たっぷりとした脂の乗りが好まれ、今ではすっかり人気魚となっている。最近では、外国からも大量に冷凍ものが輸入されているほどだ。

稲取漁業協同組合
 伊豆稲取駅の正面から、海へ向かって真っ直ぐに続くだらだら坂を、10分ほど下って行くと稲取港に出る。停泊中の漁船に沿って右に曲がると、すぐ目の前に、こじんまりとした稲取漁協がある。
 午前10時半、漁協は閑散としていた。入港、荷揚げ中の漁船の姿は全くなし。
 漁協のセリ場の片隅で、中年の男が4人、向かい合って座り、なにやら魚を切り身にしていた。三枚に下ろして冷凍されたキンメダイを解凍し、切り身にしているのだった。漁協直営の共販所での本日出荷の注文品を作っているらしい。
 本日は大潮周りで、漁協組合員の出漁は全船中止だと言う。夏場で海水温が26.5度から27度になり、さらに北上する黒潮がこの大潮周りにぶつかると、潮の流れが早くなり、釣漁が出来なくなるのだと言う。鮮魚の入荷ゼロのため、共販所では冷凍魚の解凍でホテル、旅館の注文をこなしているのだった。
 セリ場の一隅にある漁協事務所を訪ねる。漁協の年配の方が、手持ちぶたさに外を眺めているのをもっけの幸いと挨拶し、お話を伺う。
「稲取漁協では、全て一本釣り漁法のみで、網漁は全くやらない。漁の主役は一年を通してキンメダイとクロムツだ。他は、9月15日に解禁、翌年の5月15日までが漁期のイセエビ、アワビの潜水漁、アジ、アオリイカ、シマイサキ、カマス、ワラサ、ヒラメ、マコカレイ等だ。漁獲高は多い方ではない。
  近隣の伊東港では、定置網と巻網漁によるイワシ、サバ、オアカの漁獲も多く、さらに旅船と呼ばれる他地域からの漁船の入港もあり、水揚げ量が多い。東伊豆には伊東、川奈、河津と定置網が多いが、川奈の定置網が最も良い漁場を持ち、効率が良い。下田の田牛(トウジ)では、近年まで潜水漁でマダカアワビの大型のものが獲れた。」
「大正年間の稲取漁協には、20トン級のマグロ漁船が75隻、延縄漁法で大量のマグロを漁獲し、房州の須崎、布良辺りからも大勢の出稼ぎが来ていた。しかし、遭難の多発と不漁年の到来により、次第にクロムツとキンメダイ漁が主役となって行った。漁協の目の前に最高の漁場があったからだ。
  戦後の昭和20年代には、スルメイカが大豊漁となり、築地市場に入荷するスルメイカ全入荷量の3分の2ほどが稲取産だった。スルメイカを海のウジと呼んだ程だった。当時は「青森船」と呼ばれる青森県のイカ漁船もやってきて操業していた。 夏場の、産卵後の脂の落ちたキンメダイの漁獲休漁の時期には、失業対策の一環として網漁による黄アジの漁獲をした。この頃には、良質の黄アジが大量に獲られたものだが、最近のマアジの世界では、ノドクロアジとノドクロ・黄アジの混血種だけとなってしまい、純粋の黄アジはほとんど見られなくなった。
 その頃、イカ漁の7、8トン級の船は5 、6人の漁師で操業していたものだが、最近のクロムツ、キンメの延縄による釣漁では、たった1人での操業となっている。家族労働も使わない。 それほど漁獲量が落ち労働力も減少しているのだ。ヒラメ、マダイも釣れるのだが、漁獲効率が悪く、漁師達は皆、キンメダイとクロムツ漁に行ってしまう。だからヒラメ、マダイは網代漁協の漁師達が釣り漁として出張って来ている。しかし最近では、稲取漁協の漁獲量の減少もあり、他漁協の稲取漁業区域内での漁を禁じ始めている」。
「稲取漁協、漁船100隻。漁師の組合加入者、150人から160人。かっての最盛期には400人から500人の漁師達がいた。年間平均漁獲高、500万から600万円。700万から800万円の水揚げがないと漁船の減価償却が難しい。この状況では後継者が育たないことになる。最近の日本経済の不況が漁師へのUターン現象を起こしているとは言え、それもほんのわずかな人数でしかない」。

では、なぜ稲取漁協ではクロムツ、キンメダイ漁が主体なのだろうか。
 伊豆諸島の八丈島辺りから相模湾内にかけ、水深200から800メートルにおよぶ海溝が横たわっているという。稲取港は、目の前ほんの5分から10分の近場に、素晴らしい根を持つ、この海溝の漁場が横たわっているのだ。キンメダイ、クロムツは、共に深場に生息している。夏場は水深200から250メートル、冬場は300から450メートルぐらいが漁場となる。
  深海は水温の影響が少なく、浅場の海域よりも生態系の急激な変化も少ない。だからキンメダイは、産卵後の夏場を除き、比較的通年にわたって脂が乗り、身質が良く、美味なものが豊富に釣れるのだ。さらに800mも糸を落としてゆくと、モロコが掛かると言われる。近場に、この最高の漁場を持つために、稲取漁協ではクロムツとキンメダイが主役となったのだ。
 漁協の前の港をぐるりと半周したところに在る、コンクリート製の堤防の船着場に、遊漁船が一隻帰港して来た。
 今日は全ての漁船が休漁したという潮周りの悪い日だと言うのに、たった一隻だけ出漁したのだという。この出漁はプロの遊漁船としては本来ルール違反のはずだ。
 しかし、三人の年配の釣人達は、喜んでいた。メバル、シマイサキ、マアジ、カマスがそこそこ釣れたらしい。最悪条件の中を出漁した遊漁船の良心にかけて、船頭はホッとしていることだろう。
 その後しばらく、高性能の双眼鏡で、漁港と岸壁での釣人、岩場での海水浴中の子供達を観察し、やがて昼食と冷え冷え生ビールを求めて、定食料理屋、「源徳丸」へ行く。地元の漁師がやっていると言う、漁協推薦の店だ。定食の献立は安価で量が多く、良心的であった。
  注目のキンメダイの煮付けを食べる。キンメは稲取港を代表する名物魚として扱われている。魚屋ではキンメの鮮魚、干物、食堂では煮付けと塩焼きの看板があちこちに立てられ、はためき、満ち溢れていた。昨晩の熱川でのキンメ同様、やはり脂が少なく、身肉がもそもそとしていた。昔の漁師達が夏場は休漁にしていたのは理にかなっていたのだと思い知らされたのだった。
 冬場の旬の最盛期に再訪し、稲取港のすばらしさをもう一度確認する必要がある.

平成14年7月21日

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稲取漁協 再訪
平成14年12月23日

 年末の連休を利用し、伊豆長岡の割烹旅館「新叶」に泊まる。今年の夏休みに一泊旅行をし、その静かなたたずまいと、程の良いサ-ビスが心地よく、寛ぎの再訪となった。
 7部屋の客室は、ほぼ満室だったが、貸切可の小浴場、大浴場、露天風呂の相変わらずの静かな落ち着いた空気は、時間が停止しているような、心地よいものであった。
 帰路、7月に訪ねた伊豆稲取漁協を再訪することにした。電車内から見る海は、少しうねっている様子であったが、稲取駅を出て驚いた。大変な強風であった。これでは大時化で、本日は出漁は出来ないだろうと確信した程であった。
 漁協は本日も前回同様に閑散としていた。漁協の中に人影が見え、又々訪ねることにした。
 本日の漁船は全船出漁中止だという。今回の強風は3日前からで、連続の休漁なのだそうだ。
「今年は、2月頃から7月頃まではそこそこ漁が良く、1日3トンから4トンの水揚げがあったが、8月以降は1.5トン平均となり、キンメ、クロムツ共に不漁が続いている。稲取漁協ではキンメダイが主体で、クロムツの漁獲は少ない。キンメは、多いときで1船で150キロ位、最近は漁師によって漁獲量の格差が激しくなってきている。この数年、特に不漁年となっているのだが、周年的な不漁年にはいっているのではないだろうか。20年前頃に大不漁年があり、当時は漁師達が建築関係の仕事に出稼ぎにいっていたものだが、昭和53年の伊豆沖大地震の後には、当時の平均漁獲量が1日5トン前後だったのが、13トンもの大豊漁となった」と言う。
「今年は全般的に水温が高く、12月に入ってやっと下がってきた。この水温も不漁の原因かもしれない。キンメは3キロ級、クロムツは5、6キロ級のものも獲られるが、セリ値では大きさはあまり関係が無く、脂の乗った太ったものが高値を付ける。 稲取漁協ではセリはほとんど行われず、小田原、築地、川崎北部へ漁協から直接出荷され、市場でのセリで値が決められてゆく。最近は漁獲量が少ないため、地元でほとんど捌けてしまうことが多い。稲取の飲食店・旅館が、キンメダイを大々的に宣伝し、売り物にしているからだ。しかし、中には稲取産の物を使わず、下田辺りに入荷する四国産の安価な物を稲取産と称して売っている店が増えている。 テレビの取材で漁協での水揚げの様子を映しておきながら、店では他地域のキンメしか使わない店も出ている。キンメとクロムツは同じ深海の魚ではあるが、生息場所は微妙に違う。キンメダイの相場は、2キロ級で、キロ単価2,600円から2,700円。1.3から1.5キロ級で2,000円から2,500円。1キロ級で2,000円位。たまに、10キロ級のアラが獲れることがある。 クロムツの相場も最近では高値とならず、キンメとほぼ同じような数字となっている」。
 漁協で紹介され、稲取のキンメだけしか使わないという、きんめ処「なぶらとと」にて、キンメ料理で一杯やる。ナメロ、刺身、煮付け。やはりキンメの刺身はだめだった。刺身には身肉が柔らか過ぎ、旨さにけじめがない。3日間の時化のせいもあるが、魚の選別も悪いのだろう。キンメのサイズも小さい過ぎる。煮付けのキンメは大き目の1.5キロ級のカマの部位をサ-ビスしてくれたのだが、今の旬真っ盛りのキンメとしては脂の乗りも少し足りず物足りなかった。このレベルの魚でどうして名物になるのだろうか。信じられない。

平成14年12月25日

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