このサイトは主に長山一夫の著書、仕入覚書を掲載するものです。
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鮭児(けいじ)とはなんだ?
時鮭と鮭児、とメジカ
参照:増補 「江戸前鮨 仕入覚え書き」 イクラ・鮭


鮭児とは?

 鮭児は時鮭の児であるとされる。とろけるような脂身の旨みの中に、微かに爽やかな瓜のような、はたまた微妙に甲殻類的とも言える香りを内包している。本来はロシアのアムール川に回帰してゆく白鮭の児なのだが、ベーリング海を回遊し、日本へ回帰して行く日本の河川産まれの鮭の群れに紛れ込み、北海道の太平洋及びオホーツク海沿岸の沖合いの定置網で漁獲されたものである。
 2歳から3歳の2キロから3キロほどの大きさで、まだ産卵経験はないのだが、微かな抱卵の兆しをたたえた身肉にはたっぷりと脂が乗っている。まだ回遊中の子供であるため、そのままロシアの川に回帰すると言うことは無く、抱卵しても海中で卵を振るい落としてしまうらしい。
 1万尾に1尾の評判は、旨さと希少価値を兼ね備えたマスコミ受けの話題性も十分なものであった。少し前までは5,000尾に1尾と言われていたものが、あっという間に1万尾に1尾の世界へ、“幻の魚”として誇大宣伝されるようになったのだ。

何故、最高級魚の大間産ホンマグロよりも、さらなる高値を付けるようになったのか?
 眼を皿のようにして、視聴率が稼げるものならなんでもOKのテレビと、売れ行きの落ちている雑誌類のマスコミが作り出した安易なグルメブームの中で、近年特に意図的に知床半島羅臼漁協産の鮭児の名前がしばしば興味本位に取り上げられるようになった。
 鮭児独自の旨さと希少価値は、バブルによって発生した高所得者達の好奇心をくすぐり、異常な高値はその高値ゆえにさらに大きな話題と関心を呼んでいった。トップブランドとしての品質を厳密に保証する証明書付の羅臼漁協の鮭児は、さらにさらに大間のホンマグロの高値さえも越えた破格の高級魚となっていった。


北海道知床半島、羅臼漁協の鮭児
(1)証明書

羅臼漁業協同組合の発行する証明書
「この度は、幻の鮭『鮭児』をお買い求めいただき誠に有り難うございます。世界自然遺産『知床』の豊かな海より厳格な規格のもとに、選びぬかれた超高級品であることを証明いたします。
『鮭児』は10月~11月に知床周辺で漁獲される未成熟のシロサケで1万尾に1尾の割合でしか獲れないと云われているため『幻の鮭』と呼ばれています。魚体は青みかかった流線型で小ぶりでずんぐりし、尾びれがピンク色しているなどの特徴があり、脂肪の比率が通常のサケより極めて高く、刺身で食べると舌の上でとろける味は絶品です。」

◎沖合定置網漁の生産者名と鮭児の目方、証明書の発行ナンバーも記され、鮭児の頭には「鮭児タグ」(認定バッジ)が付けられ、仲買人名が記された木箱に入れられて流通する。
◎ 証明書の発行ナンバーは証明書発行以来の累計通しナンバーで、その年の漁獲数を表しているのではない。
◎ 発行ナンバーは全て登録され、生産者名・漁獲日・重量・サイズ等が記されている。
◎ 築地市場では、羅臼漁協の認定バッジと木箱が、それぞれ3,000円前後で売買されている。偽ものの作成となるのだが、羅臼漁協産は、漁協での発行ナンバーの確認によって、真贋の確認が出来るようになっている。

(2)鮭児の漁獲量と鮭との相対比率
平成12年度・・・480尾
平成18年度・・・2,000尾
平成19年度・・・1,369尾
平成20年度・・・1,444尾
 近年は、1,000尾から2,000尾の繰り返しになっているのだが、鮭の総漁獲量との比率は大体5,000分の1位の割合となる。

(3)値段
 そして今期平成20年度、羅臼産の鮭児は築地市場では㌔単価26,000円~28,000円の高値を付けた。ちなみに大間のホンマグロの上ものでも、通常時ではキロ単価10,000円前後で、20,000円の値はかなりの高値を付けたことになる。尚、釧路産と言われる鮭児はキロ単価18,000円~20,000円位の相場となる。
羅臼漁協浜値(海鮮工房)・・・平均14,000円から15,000円
 産地での浜値は、水揚げされたその時々の漁獲量と、その中の1歳児の小さいものや傷物の混入の多寡によっても常に変化してゆく。

(4)鮭児流通上のいかがわしさ
 しかし、この異常な高値を付ける鮭児には、それゆえ常に、品質・価格上のいかがわしさが付きまとっているように見える。
◎羅臼漁協の鮭児用木箱と認定バッジが築地市場では、それぞれ2,000円から3,000円で売られているという現実はどうなっているのだろうか?
◎デパート、インターネット上の通販にまでも登場している切り身で売られる鮭児は、はたして全てが本物なのだろうか?
◎産地によるこの相場の大きな差異はどこにあるのだろうか?


第三春美鮨の鮭児


鮭児の香りと旨みの捉え方

 鮭児の旨さについては以前から噂に聞き、興味をもっていたのだが、8年前の平成14年11月、羅臼産鮭児の初めての試食を兼ねての仕入となった。味見は、思わず感嘆の声を上げてしまうものとなった。
 見事に美味であった。鮭としては小振りな魚体であったが見事に美味であった。色の美しさもさることながら、たっぷりと乗った脂の旨みは予想外なほどに滑らかで、決して過剰なこともなく、程よい甘みと旨みの中で口中にとろけていった。そして何よりも驚いたのは、爽やかな瓜のような、或いはまた、海老・蟹が持つ特有の甲殻類のような素晴らしい香りを持っていたことであった。
 脂の乗りの旨さを味わうのならば圧倒的に腹側が旨いのだが、鮭児独自の香りを愉しむのであれば、迷わず背側を選ぶことになる。脂の旨みと香りを一緒に味わうことが出来るからだ。これは通常の鮭とは旨みの有りようが全く異なるもので、頭と中骨のアラの吸い物までも独自の香りと旨みを発揮していた。
そして以後、毎年11月から12月にかけて、4尾から5尾の使用をお客さんと一緒に楽しむこととなった。貴重な羅臼産の鮭児であるために、ちょっともったいを付けて、お一人様2枚まで可の限定付きでの仕事である。

 日本の川に回帰する群れに混じっての、その回帰の直前、沖合いで回遊している時期に、エビ・カニ系の動物性プランクトンを食べることによって、その香りと鮮やかなピンク色のさらなる発色も身に付けつけて行くのだと言われる。しかし、8年にわたる経験から、独特の香りは全ての鮭児が共通に持っているのではないことも判ってきた。
 この素晴らしい香りの旨さの有無は産地の羅臼でも流通業者の間でも、全く話題にすらなっていなかった。これは料理人の旨さの捉え方の感覚なのだろう。だから個体の違いによる芳香の有無の原因は、まだ不明のままとなってしまっている。
 大間のホンマグロの、鉄分と酸味を含んだ爽やかな高い血の香りを包含した旨さが、サンマとスルメイカを食べることによって生じてくるように、直前に食べた餌の種類によって左右されるのではないだろうか。


さらに、鮭児とはいかなる種類の鮭なのであろうか?

時鮭と鮭児、とメジカの関係
時鮭(ときじゃけ)=時不知(トキシラズ)とは?
 鮭児と共にロシアの川を母川としているのだが、北海道の太平洋・オホーツク海、及び三陸沿岸を回遊中のまだ産卵期前の若い鮭で、脂の乗りと旨みが濃く、日本に回帰してきた秋鮭とは異なり、春から夏にかけて漁獲される。時を知らないという意味で「トキシラズ」とも呼ばれる。

メジカとは?
 産卵のために回帰してきた日本産の白鮭で、三陸の河川を母川としているとも言われる。まだ産卵期の1ヶ月から2ヶ月ほど前の成熟度の低い状態の時に北海道の太平洋沿岸・オホーツク沿岸で秋鮭と共に漁獲される。身肉が充実し脂の乗りも良く美味で高値をつける。眼と眼の間が近くに寄っているために「メジカ」と呼ばれる。

◎鮭児、時鮭、メジカは鮭の種の中では特に美味な高級魚として別格扱いされる。
◎鮭児のDNAは時鮭と同種のロシア系で、ロシアの川に回帰する種である。メジカは日本の川に回帰する鮭の種で、それぞれ種を異にしている。


北洋船団による時鮭と鮭児
 昭和35年頃、北洋船団によるベーリング海近辺での刺し網による鮭漁は、ソ連と米国との領海及び公海上で操業され、その全盛期を迎えていた。猛烈な低気圧による台風の墓場とも言われたこの海域は、北洋船団の鮭漁にとっては豊穣の海であり、漁船員たちは大変な高給のもとに、命がけの操業を行っていった。
 北洋船団は母船式で、1万tから1万5千tの母船に6隻の船が付随して操業する船団であった。母船数約30船。漁期は5月から8月。大量の時鮭を漁獲し、船内ですぐに塩鮭として加工されていった。この大量の塩蔵された時鮭の中に、時鮭の児である2歳から3歳時の鮭児が少量混獲された。そしてその識別と旨さを承知している乗組員たちに、密かに(?)あるいは優先的に払い戻され、陸に戻ってからの小遣い稼ぎとして換金されていったと言われる。
 当時の鮭児は道内で密かに流通されていったと言われるが、あくまでも船上での塩蔵鮭で、近年の生鮮及び冷凍で流通し、食される鮭児とは、旨さの捉え方が異なったものだったはずだ。しかし、日ソ漁業交渉は年々日本には多難を極めることとなっていった。米ソ領海の30カイリから突然の不当な200カイリ宣言の中で、日本の北洋船団はこの海域から締め出されていった。
 近年では日ソ漁業交渉の海域内で、母船式ではなく、独航船1隻で操業している。漁は5月から8月にかけ、1操業日数は2日から3日と短い。生鮮の状態で出荷されてくるものが多いのだが、漁獲量は激減してしまっている。時鮭は4キロ級の大きなものの方が脂も乗って美味なのだが、始まったばかりの今年の独航船ものは2キロ級が主体でまだ本格的ではない。

◎ 時鮭の試食
 平成21年4月10日(金)、北晃水産より岩手県大船渡産(定置網漁)4.2kgの生鮮の時鮭を購入。22切れの厚めに切り分け、塩を打ち、5時間後にカマの部位を塩焼きにする。最適の塩加減はふっくらとした身肉の膨らみと旨みの熟成をもたらしていた。カマでありながらも決して過多ではない脂質の甘み・旨みは、塩鮭としてはかって経験したことの無いものであった。
 翌々日(日)の昼食に前回塩を打ったままの腹の中心部を焼いて食す。前回よりもさらに爽やかさで軽やかな脂身の旨みと香りが立ち上がり、またまたうれしくなるような旨さの再現であった。
 さらに火曜日の昼、食べきれずに塩をしたまま冷凍して残したものを解凍して食す。なんと言うことなのだろう。あれだけ最適であった塩加減は、すっかり全体に染み込み、少し塩分過多の状態となっていた。身肉もあの感動的な膨らみと脂質の旨みがすっかり失せてしまい、並みの塩鮭の世界となってしまっていた。塩加減と鮮度、冷凍・解凍の時間の経過による旨さの劣化がこれほどに激しいものであろうとは余りにも予想外のものであった。

再び鮭児とは?
北海道新聞より
 鮭児は、卵巣、精巣が未成熟で、筋子も白子も見えない。(*じっさいにはオスメスありますので大型になりますと筋子、白子など確認できます。)鮭児は小さめであるがおいしい。キングサーモン、トキシラズと違うのはそこで、からだが大きくて脂があるというのとは異なる。小型なため肉質はなめらかである。だいたい秋鮭は3kg以上あり、6kgも珍しくないが、鮭児の場合は2kg台が中心。1kg台もある。しかし、4kg以上はまれである。
◎ 知床羅臼産鮭児には羅臼漁業協同組合の「鮭児タグ」(認定バッジ)が付く。
◎ 産地はアムール川の夏鮭(7、8月に遡上するシロザケ)
◎ 11月上旬から中旬にかけて主に知床から網走付近で獲れる脂の乗った若いシロザケで、唯一の鑑別点は、腹を開けて胃袋の下側についている幽門垂の数で、220くらいあれば鮭児。

水産庁による遺伝子解析
◎羅臼の鮭児は遺伝子データの解析によりアムール川系である可能性が極めて高い
◎アムール系は日本近海やカムチャッカ半島を回遊する(日本の鮭は遠くベーリング海を回遊)
◎脂肪の比率が20%から30%と、通常2~15%程度の銀毛シロザケより極めて高い
◎羅臼産の鮭児は、「漁師-荷受人(漁協)-セリ人-多数の仲買人」によって厳しいチェックがされ、まぎらわしいものは協議のうえ、腹を割くこともある。いわゆる「ニセケイジ」はそこで排除される。

疑問と答え
◎ 時鮭が5月から8月の漁獲期なのに、時鮭の児である鮭児はなぜ11月前後に羅臼沖、或いは釧路沖等で漁獲されるのか?
   ・・・ロシア産の時鮭は鮭児よりもさらに成魚の群れでの回遊過程で漁獲されたものであり、鮭児はまだ子供で、日本回帰の国産鮭の群れに混じっての回遊回帰時期に漁獲されるものであり。両者は回遊経路と時期を異にしている。
◎ 雄、雌、どちらなのか?
   ・ ・・魚体全体からは判らないが、口中の形を見ると判別する。
◎生食はアニサキスの危険があるのに、なぜ生の生鮮の状態で入荷することがあるのか?
   ・・・生の生鮮状態の出荷のほうが現金化が早いとも言われる。
◎ アニサキスを殺すのに-30℃を必要とされるのは本当か?
   ・・・-30℃で丸2日間必要とされる。
◎ 値段が産地によってまちまちなのはなぜか?
   ・・・産地のブランド化による高騰と、漁獲産地によって明らかな品質格差が見られる。ニセの安価な時鮭の混入もありうる。
◎ 羅臼産の鮭児の箱、バッジが売れるのはなぜか? 偽者の横行と調査の有無は?
   ・・・他産地の安価な鮭児あるいは偽物を羅臼産に偽装する簡単な手段となるから。真贋の実態は現実にはまだ調査はされていないようだ。
◎ ロシアの漁船はなぜ鮭児漁をしないのか?
   ・・・漁獲漁場の違いもあるが、漁獲技術と知識がないために、結果的に獲ることが出来ない。


平成21年4月25日

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