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愛媛県 燧灘(ひうちなだ)のトリ貝
平成18年春のトリ貝の状況。泉佐野・津・淡路島
参照:増補「江戸前鮨 仕入覚え書き」“殻付き”とり貝(p177~192)


2月17日(火)
“燧灘”産と言われる素晴らしいトリ貝が突然入荷してきた。
5キロ箱に24個入りの2年生と思われる大きな殻の中には、ずっしりと重みのあるものと、軽いものとが混在しているため、ずっしりと重い貝を丁寧に選別してゆく。重い貝にはたっぷりと太ったお歯黒色の綺麗な身肉が入っていることを証明しているからだ。キロ単価2,700円、3月4日には3,300円を付けることになった。
 身肉は柔らかく、甘みが強く、もうすでに少し卵を持っている素晴らしいものも混じり、ことさらに旨みの強いトリ貝となっている。まだ冬が終わりきっていないこの時期に、これ程の上物が獲れるとは、季節的にも意外なことであり、又々旬の大きな移行を見せ付けられたのだった。
 では、火打石を意味する難解な字面だが、洒落た響きをもたらしてくる燧灘とはどこに在るのか? コツ箱に書かれている愛媛県四国中央市寒川町の産地出荷業者である青木栄四郎さんに電話し、様々の疑問をぶつけてゆく。

愛媛県四国中央市寒川町の産地出荷業者である青木栄四郎談
(1)燧灘はどこの海域にあるのか?
 瀬戸内海にある燧灘は北方に広島県東部と岡山県西部との県境に面し、西側には愛媛県今治・新居浜、中央部には四国中央市さらに東側の香川県観音寺に達する海域にある。西の今治、新居浜あたりの産地では砂地のために卵を持つ時期が早いのだが、貝殻が小さく太り方が悪い。中央部の四国中央市寒川、東の観音寺辺は海底が沼地状で、殻も大きく成長し、身肉も太り、色目も良いものが獲れる。

(2)今まで、燧灘産のトリ貝はどのようにして築地市場に入荷して来ていたのだろうか
 トリ貝は、毎年獲れるものではなく、昨年は不漁年でダメだったのだが、2年から3年前にはかなりの漁があり、築地にも出荷されている。この地方には、トリ貝の加工業者がかなりあるため、不漁の年、あるいは漁のない時期には、大阪湾・三河湾・知多半島など、他産地から殻付きトリ貝を取り寄せて産地加工をしている。最近では食品衛生法がうるさくなったために原産地名を明記するようになった。今まで、香川県観音寺産のトリ貝として築地に入荷していたものは、この燧灘産のものと、または他産地からきたものを当地で加工したものだったことになる。

(3)このトリ貝は、2年生なのだろうか?
 この海域の8月から9月にかけて産卵する親トリ貝は、9月から10月にはペタペタに痩せてしまっているため、その期間中は漁をしない。産み落とされた卵は、海底でブドウの皮を剥いた身のような半透明のつるつるした状態となっている。そして徐々に成長してゆき、1月から2月には親指ほどの大きさの貝殻に成長し、6月末の底引き網漁の解禁と共に8月から9月の産卵直前期までの1年生の貝として漁獲される。
 底引き網漁では、他の魚介類と共に混獲されるのだが、トリ貝漁専門のケタ漁による海底を掘り起こしての底引き網漁ではないため、底に潜っている1年半、2年生の大きいものは獲れず、この時期のトリ貝は1年生の中サイズのものが中心となる。春から初夏にかけて産卵する親トリ貝の大半は、夏の水温に耐えられずに死んでしまう。
 前年の秋に生まれ、1年目の秋に初めての産卵を終えたトリ貝は、冬にかけてさらに成長し、初冬の12月1日から翌年の3月末まで行われるケタを使用する底引き網によって漁獲される。これは1年半ものとなるが、前年の春から初夏に産卵された2年生直前のものも含めて、大および特大サイズのトリ貝の漁獲となる。この大および特大サイズのトリ貝は、ほとんどこの時期に獲られ尽くされることになるのだが、たまに二夏を越した2年半貝となったものが獲られることがあるが、身肉が硬く、甘みも薄くなってしまっている。
 京都の舞鶴の養殖のトリ貝は吊り篭式によるものだが、ケタ漁による天然物も含めてほとんど全ての2年物は京阪神を中心に出荷されるが、少量は築地にも入荷してくる。肉に厚みがあり、見てくれが良いために、1個1,000円程の破格の高値を付けることになるのだが、やはり1年、1年半ものに比べると見肉は硬く、甘みも薄くなる。東京のすし屋が使うトリ貝の世界では、1年半までのものが甘く柔らかいものとして評価され珍重されることになる。
 水温とプランクトンの影響と思われる好不漁年の差が激しいのだが、青潮、過度の赤潮の発生が無い限り、今期の燧灘産のトリ貝漁はまだまだ期待されそうで、ケタ漁の漁期である3月いっぱいまで楽しめそうだ。
 しかし、燧灘産のトリ貝は、時化のための不漁が続き、その後の入荷が止まってしまった。

大阪府泉佐野産の発生
3月17日
 燧灘産と並行して入荷していた淡路産、大阪府泉佐野産のトリ貝が俄然素晴らしい状態に変化し始めてきた。泉佐野産は秋貝の1年半生の大サイズで、たっぷりと太り始め、選別すると卵持ちの最高品質のものが混じり始めた。

三重県津・伊勢産
 少し小さめの春貝で、1年物のサイズだが選別するともう卵をたっぷりと抱え始めているものを入手することが出来る。今年は例年に無く温暖で、桜の開花も1週間ほど早くなるとの予報野中で、3月8日頃からの急激な冷え込みもあったが、4月上旬の水温の上昇と共に中旬までには、
 この小さいサイズのまま、あっという間に産卵してしまうことだろう。

千葉県富津産
 小さいサイズで、まだ身が痩せているために値も安いのだが、4月中旬頃には最盛期に入ってゆくだろう。

知多半島の密漁物の入荷
 4月1日、1年物の春貝で、1貫付けにちょうど良いサイズの抱卵している素晴らしいトリ貝が入荷してきた。密漁ものだと言う。まだ漁期が解禁されていないらしい。

 今年は各地でトリ貝漁が豊漁となりそうで、昨年の不漁を補って余りある様子で、楽しみなことになってきた。


平成21年3月20日

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