このサイトは主に長山一夫の著書、仕入覚書を掲載するものです。
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三崎漁業協同組合
愛媛県西宇和郡伊方町串19
平成18年3月4日(土)、5日(日)

(はな)サバ

目的
1)大不漁となっている豊予海峡のサバ漁の見学。三崎漁協が行なっている漁場の保護育成と漁協の存続をかけた長年にわたる営業姿勢、その成果の見学。
2)三崎漁協でのサバ・アジの扱い方(出荷・処理方法)の見学と佐賀関漁協との比較。
3)三崎漁協では岬サバの旨さをどのように捉えているのだろうか?
 6年程前から目立ち始めていた豊予海峡のサバ漁の不調は、昨年、一昨年とついに大不漁となってしまい、当店の三崎漁協からの仕入は取り止めとなってしまっていた。先日久々に東京営業所の北角さんの訪問を受け、取引が再開されることになった。今年はそこそこに獲れているということ、3月に入り最盛期をむかえるだろうとの情報のもとに、数年来楽しみにしていた念願の三崎漁協行となった。(参照 「江戸前鮨 仕入覚え書き」 370頁 「岬鯖(ハナサバ) 三崎漁協」 )

なんと名乗ろうとええじゃないか
九州佐賀関の漁師が釣り上げると関アジ・関サバ
一本釣で四国・三崎の漁師が釣り上げると岬アジ・岬サバ

「豊予海峡には、南から太平洋の栄養塩を多く含んだ海洋深層水が流れ込み、北の関門海峡、東の瀬戸内海との干満の差により激しい潮流が起こります。この潮流により湧昇流が発生し、海峡の南北にある深層の栄養素を多く含んだ深層水が撹乱されて表層に上昇することにより、植物プランクトンが増殖し、日本一のアジ・サバの漁場が形成されるのです。」(三崎漁協パンフレットより)

3月4日(土) 佐田岬行
 松山空港から2時間15分、町中と山間部を縫って走ってきたバスは、佐田岬の300mから400mもの高所を走る、自動車専用道路メロディラインに入ってゆく。左側には穏やかに凪いでいる宇和海が盛り上がり、右側には瀬戸内海も見え隠れしている。俯瞰される海は広く広く、宇和海には黒い帯状の模様が点々と緩やかにたゆたっている。栄養豊富な上昇海水の塊なのだろうか。海岸線は岩場の連続で、砂浜が見えない。佐田岬は全て岩場で出来た半島なのだそうだ。だからこんなに細長い半島が浸食に耐え生き延びて来たのだろう。
 久々の晴天の中で、強風が瀬戸内の濃密な潮の香りを運んで来る。2週間前から天候が崩れ始め、大時化の連続だったと言う。一昨日にはついに不意打ちの雪が降る寒さだったが、昨日には久々の漁があったと言う。今回の旅はツキも良いようだ。二名津口辺りから始まる急で長い下り坂の後、終点の三崎駅着となった。漁協の梶原昭二参事のお迎えがあり、そこからさらに三崎漁協まで車を走らせる。北角さんの手配と紹介によって其田組合長と面談する。
 其田組合長は漁協の参事・理事時代から、漁協の存続と発展のために様々なアイデアを提案し実現させてきたのだと言われる。漁場の保護育成、漁協の存続をかけた収益の増大、組合員の生活の向上をめざして次々と新しい事業を展開して行った。なによりも素晴らしいのは、町を愛し、漁業を愛し、漁業に貢献することが、組合員と漁協と町の発展に繋がるという確固とした信念を持っていることだった。

三崎漁協
組合員数…841名(内正組合員254名、准組合員587名)。町の総人口4,000名。5分の1が漁業従事者となる。
平均年齢58歳位。若年専従組合員(18歳から40歳)80名。「昔は、西から嫁をもらっても娘はやるなと言われた(三崎町は、愛媛県の最西端にある。)ものだが、今では純年収が約600万から1,200万円位あるので、他の漁協・農協のような嫁不足の心配はない。」と言う。漁協の休業日なし。365日誰かが予約と出荷の対応をしている。
隻数…220隻。全て4トン未満。本所と県内3ヶ所の支所の港に分散している。
漁法…一本釣り・はえなわ・採介藻・磯建網
 国は、1県1漁協を目指し、漁協の合併を促している。愛媛県でも三瓶・八幡・伊方・瀬戸・川之内・キキツが合併。しかし、三崎漁協は合併に加わらず単独行動をとることになった。健全な経営内容を誇る三崎漁協には、合併の長所が得られないからだ。
 佐賀関漁協も合併して大分県漁協の佐賀関支所となったと言う。組合員の平均年齢は65歳となり、10年後の組合の存続を危ぶむ声も聞こえてきていると言う。

三崎漁協の姿勢
1)三崎漁協は職員全員で交代出勤し、年中無休の体制で仕事をしている。
小さな漁協が生き延びてゆくためであると言い、デパート・スーパーなどの大手の得意先と同じように、個々の飲食店にも徹底したサービス本位の体制をとっている。バブルがはじけ、魚が売れなくなった時、「1トン単位の取引から1キロ単位の取引に転換」し、「売るのではなく買ってもらうのだ」という宣言の結果なのだと言う。
2)漁場保護のための巻網漁・底引き網漁等の網漁禁止。
3)遊漁船の廃止(平成元年)。
 撒き餌による漁場の汚染防止のために釣組合と話し合い、遊漁船の営業を中止させることになった。それと同時に、地元の漁師による撒き餌も一切禁じさせた。大分県側の遊漁船は全て漁場から追い出している。タイ、サバ、アジ、ヤヅ等、全ての魚は疑似餌で釣られ、撒き餌による漁場の汚染がなくなっている。疑似餌の作り方次第で漁獲量に大きな差が出ることになるのだが、時期によってはスルメイカ、ヤリイカ、マツイカの小イカを使うこともある。
 佐賀関でも遊漁船と漁船との間で撒き餌によるトラブルが発生していると言う。
4)巻網漁と底引き網漁による小魚達の一網打尽と乱獲による漁業資源枯渇被害の漁業調整のために中央官庁への陳情。
5)漁家労働力提供の場としての雇用の促進と所得の向上を目的とした事業の展開。
 居酒屋風のレストランの佐田岬物産センター「三崎漁師物語」を経営し、三崎町と共に松山市にも出店し収益を上げている。
6)加工センターでの干物・粕漬けの加工。
 アジ・サバ・キンメ・タチウオの干物生産販売。 モーターの回転を利用しての干し場は、ハエ・カラスを防ぐことが出来る上に、乾燥の効率も良い。
7)活け魚運搬車、活け魚船の廃止
 正常の運搬量よりも多く搬入してしまい、過密と運搬中のストレスのために、〆た後でも20分後位に死後硬直してしまうことが多発したため、活け魚の出荷は廃止にした。
8)港、作業場、漁協を清潔で衛生的にすること。
近辺には、ゴミ、タバコの吸殻さえもが全く落ちてはいなかった。漁港、生簀場、作業場では魚介類特有の臭いが全くしない。
9)「海は恋人」運動の推進。
漁船はすべて黄色いゴミ箱を積み込んでいる。海にゴミを捨てずに必ず持ち帰ることなど、周辺の清潔こそ最も基本的なことであるという認識を徹底させている。
10)かん水(海水)蓄養施設
佐田岬の先端にある灯台のふもとに生簀が造られている。30m程離れたところにあった小島を繋げ、その間を自然の海水が流れる生簀にしたのだという。昭和45年に完成。4月に解禁になるアワビ・サザエと、9月から10月の2ヶ月で漁が終るイセエビを4ヶ月から5ヶ月放し飼いにする。海の流れを利用する出荷調整用の蓄養池となっている。観光客用の釣り池としても利用。
11)アワビの種苗センター「海人の夢」平成7年完成。
 かって30トンからの漁があったアワビ漁は、10トンを切るほどに落ち込む。当時、県から提供される種苗を放流したのだがあまり効果は無かった。今では三崎漁協のアワビの種苗センターでつくられた種苗を年間30から40万個放流し、12トンから13トンに増え始めている。種苗を他漁協にも販売している。出荷のアワビはエゾアワビとクロアワビの混成種が主となり、蓄養事業は確実な収益をあげている。
 かくして三崎漁協は漁業と漁協の存続と発展のために、ありとあらゆる行動を起こし、その成果を上げてきている。

近年の不漁の原因

1)水温の高騰…宇和海は夏の最高水温28℃、冬場の最低水温14℃。異常気象と太平洋側の黒潮が外海から内海に浸入してきているため、平均1.5℃高くなり、漁場は北側から瀬戸内側へと移ってきている。高水温の常態化と大時化の多発現象がみられる。水質の変化、台風の影響はあまり無いようだ。
2) 乱獲…自然漁法をとる三崎漁協による乱獲はあり得ないが、他漁協のシラス漁などの巻網漁・底引き網漁による稚魚も含めての一網打尽の乱獲が、漁獲量激減の最大の原因であると推測される。瀬戸内海と宇和海の船主と漁協の代表による協議会のもとに、巻網漁と底引き網漁の規制を地域の水産課に陳情しているが、埒があかず、中央の農林水産省に陳情する根回しをしている。


3月5日(日) 三崎漁協にて

 泊まりは漁協の直ぐ横にある三崎町唯一の民宿「大岩」であった。窓を開ければすぐ眼下に佐田三崎漁港があり、その向こうに宇和海が広がっている。漁師達は午前6時頃に出漁すると言う。
 6時少し前に起床、特製双眼鏡でまだ夜明け前の闇の中にある港を観察する。本所である佐田三崎港には約100隻もの漁船があると言うが、舫っていたのは15隻余、本日の三崎港からの出航はたったの4隻であった。海は凪いでいるのに何故出漁しないのだろうか。何か事件でもあったのだろうか。
8時30分  漁協にて
 8時30分からの朝の漁協の作業はもう始まっていた。午前中の出荷に備え、朝8時には港の生簀周りで、魚の活け締め作業が始まる。生簀は8つに仕切られている。帰港の漁船の生簀から網ですくい出された魚は、検量後、サバ・アジ・鯛・ヤズ・イサキ等のそれぞれの生簀に仕分けされてゆく。
8時35分  春明丸が帰港する。漁師が一人で漁をする一人船であった。
「今日釣れないと長山さんのせいになるよ」と出荷の総括責任者でもある阿部邦弘さんに脅かされる。しかし過去の経験から言って、非常に残念なことなのだが、僕が乗船した漁船、定置網は全部不漁であった。僕自身が若い頃、海・川・渓流・湖沼と釣は一通りやったのだが、全て僕だけが釣れなかった。奇跡的なほどに魚に縁が薄い人間なのだ。それにしてもずいぶんと早い帰港だ。ヤヅ13尾。出漁時間の割りにはマアマアらしい。本日は地域の消防活動があるために、ほとんどの漁師が休漁していると言う。だから出漁した船も上がりが早いのだそうだ。今年は時化が多く、昨日は2週間振りの出漁だったのだと言う。だから、生簀の中の魚を少しづつ小出しに出荷していると言う。
 生簀の傍らには、1畳ほどの大きさの木枠があり、スポンジが敷かれている。このスポンジの上で魚を〆てゆく。その後漁協にあるタンク中に張られた氷で充分に冷やされた海水の中で30分から40分間、血抜きと冷やしを行い生臭みを除き、発色を良くする。その後品質の選別と共に、消費地からの注文に応じ、二重底になっている発泡スチロールの箱の中に丁寧に並べ、上から氷をばら撒き密閉する。
 三崎漁協には3支所があり、それぞれの港で漁獲があるのだが、品質の選定落差の発生を防ぐために、最終的な出荷はすべてこの本所で一括して行なう。各支所での選別と箱詰めされた魚は、その後本所に集荷され、再選別されるために、不要な時間経過と2重手間の発生があるようだ。各支所での魚の選別の均一化と鮮度・品質維持向上のために、年に1回、本支所間での選別の品評会が行なわれている。

岬サバと関サバ、他産地のサバの違い。
 しかし、しかし、三崎漁協の岬アジ・岬サバは対岸の佐賀関の関アジ・関サバよりも評価が低いとされる。ブランドの知名度が低いのだ。その評価の差は価格の上にしっかりと表われることになる。今回の三崎漁協行の最大目的は、同じ海域で漁獲されるアジ・サバに、品質の優劣が発生していると評価されるのならば、それは何が原因なのか。出荷体制での魚の扱い方と東京の市場・得意先が、最終的に箱を開けた時の鮮度の維持状態はどのようになっているのか。見てくれの良し悪しの状態はどのようになっているのかをチェックすることにあった。
 築地市場の中卸し「濱長水産」の阿部さんは、関サバ・関アジと岬サバ・岬アジを共に扱っているのだが、「両者にはブランドの知名度の差だけではなく、魚の扱い方と氷の使い方に大きな違いがあるのだ。消費地での魚の表面の見てくれが劣っていることと身肉の多少の緩みについて、現場がその違いを判っていないために、その積み重ねが評価の差となっているのだ」と断言する。
しかし、こんな程度のことは簡単に矯正することができるはずではないか。何故、より高価を付ける佐賀関方式を真似しないのだろうか。

1)関サバ・関アジの旨さのターゲット
    ~プリンプリンの食感の生食の旨さ。

 関サバ・関アジの最大の凄さは、築地で発泡スチロールの箱を開けた時、まだ身肉が固まっておらず、しなやかに柔らかく、まるでまだ身肉が活きている様に見えるところにある。死後硬直を起こしていないのだ。これは〆と血抜きの技術と、発送する際に仕掛けられる氷の使い方の巧さにある。冬場にはほんの一握りの氷をビニールに入れ、箱の両側に2個置く。箱自体も既に冷蔵庫の中で充分に冷やされている。死後硬直させないことをしっかりと計算し、箱の中の温度を5℃前後に維持することを研究し尽くしているのだ。
 漁協は「死後硬直を起こさせずに、豊予海峡の魚独特の程よい脂の乗りによる食味の旨さと、活け〆されたプリンプリンのずば抜けた身質の締まりの食感との両方を味わい愉しませることを旨さのターゲットとしている」と言う。しかし、この旨さのありようでは、関サバ本来の食味の旨さを徹底的に犠牲にしてしまっていることになる。身肉の熟成によって発生する食味の旨さよりも、活け〆されたプリンプリンの食感の旨さが全ての旨さの主役になってしまっているのだ。漁協が経営するレストランでも、プリンプリンの活け造りの旨さを最大の美味として売り物にしている。

2)岬サバ・岬アジの旨さのターゲット
    ~短時間での熟成の食味と身質のしっかりと締まった食感の生食の旨さ。

◎氷の使用方法による死後硬直の有無
 三崎漁協では、二重底になっている発泡スチロールの箱に魚を並べ、その上から氷を多めにバラバラと撒き散らす。コストのかかる2重底は、輸送中に解けた氷が魚を水浸しにして白濁させてしまわないための工夫なのだ。しかし、魚の上から撒き散らかした氷は、魚体の表面の一部を不都合に白濁させ、さらに5℃を下回る低温となった箱の中で、魚はすでに死後硬直を起こしてしまっている。漁協側の言い分では、得意先の大半が、魚の上から氷を撒き散らすことを要求してくるのだと言う。それを要求する得意先達は、死後硬直をさせず、一部の白濁もなしに黒々と美しい状態に輝やかせる佐賀関漁協の仕事との対比は承知しているのだろうか。死後硬直をさせない旨さの捉え方と、死後硬直が解けた後の熟成の旨さの捉え方の差異を承知しているのだろうか。漁協の話では、むしろ極端に少ない氷を使用する佐賀関方式による鮮度の落ちを最優先して心配しているようだと言う。
◎死後硬直と熟成
 三崎漁協の其田組合長以下、漁協の職員達は皆、魚の熟成の旨さを口にする。三崎漁協と佐賀関漁協とは、旨さのターゲットの採り方の感性が違っているのだ。
 死後硬直させない状態で進行してゆく旨さの熟成のありようと、死後硬直の解硬後から始まる旨さの熟成のありようとでは大きな差異が生じることになる。佐賀関方式の、しっかりと〆、温度管理の下に死後硬直をさせない状態を維持させてやると、身質の締まりと歯ごたえの食感はことさらに長く持続してゆく。この海域のサバの身質の緻密な締まりと相まって、旨さの熟成に要する時間も長くなり、24時間後の経過では、ほとんど熟成の旨さを醸し出していない状態で食すことになってしまう。三崎漁協方式の死後硬直解硬後は、身質の締まりと食感のプリンプリン感は、佐賀関方式よりは少し早めに消えてゆき、旨さの熟成もはるかに短時間でなされることになるが、24時間での熟成では、まだ旨さの充分な発露には至らない。
 其田組合長が、午後3時頃に〆た今期最高の岬サバをご馳走してくれることになった。太って厚みのある見事な風をしたサバであった。明日の昼飯の時に食べることになった。しかし、そのサバを見た時、そのサバがあまりにも素晴らしかったので僕は猛反対であった。「このサバは明日当店に発送して欲しい。2日後に、僕が店で最高の状態で使うから」と頼んだのだった。丸2日経過の熟成が、このサバには必要だと感じたからであった。しかし、明日は明日で別口の最高品を送るからと言うことになった。その翌日の午後1時、漁協経営のレストラン「三崎漁師物語」でご馳走になった。安部さんも「まだ少し早いと思うんだが…」と言いいながら食したのだが、やはり見事にもったいなかった。かつてない最高の岬サバで、脂も充分に乗っていたのだが、旨さがまだ醸しだされていなかった。熟成していないのだ。まだプリンプリンの食感がかなり強い状態で、旨さを感じられないのであった。この状態だと後1日ではなく、2日後がベストとなるのだろう。
 しかしこの海域のサバは、本当は、庖丁での〆と血抜きの過程は必要としないのではないだろうか。そのままでも充分な旨さを発揮することが出来るはずだ。しかし豊予海峡のサバはそのプリンプリン感こそが最大の売りになる運命の下にあるようだ。これは幸なことなのだろうか、不幸なことなのだろうか。

3)豊予海峡以外のサバの旨さの捉え方。
 豊予海峡を除いたほとんど全ての他産地のサバ・アジは、単に冷海水で〆られるだけで出荷されて来る。海峡、水道に生息する一本釣りもの、外海の巻網ものと、それぞれに漁法・鮮度維持手当ての違いによる品質格差はあるのだが、それらのサバは皆、産地で死後硬直を起こし、その解硬の中で流通し、解硬後の熟成の旨さをサバ本来の旨さとして捉えられて来た。松輪・紀淡海峡などの水道のサバの旨さは、脂の乗った旬真っ盛りの時季の熟成された豊潤な食味の旨さなのだ。この旨さの中にはプリンプリンの食感の旨さは全く含まれてはいない。
 しかし、両者には生息環境による身質と脂の乗り方と、地域差からくる食文化としての旨さの捉え方に決定的な違いがあるために、同一基準で旨さのありようを論ずることは出来ない。
 関サバ・関アジの巧みな出荷方法は、300mから400mの深海に面し、栄養分豊富な深層海水の湧昇と、急激な海流の海域に生息するサバ・アジの、緻密でしっかりと締まった身質の特質を最大限に生かすための工夫なのだ。佐賀関の地元での、活け造りの刺身の旨さの自慢と誇り、その旨さに極限に近づけるための出荷方法の工夫。ここには熟成の旨さを追求するための意識と工夫、食文化は全く存在していない。
 だから、三崎漁協と佐賀関漁協とでは、出荷方法のわずかな違いによって旨さの捉え方に多少の違いが生じていることになる。三崎漁協は佐賀関漁協の出荷方法を熟知しているにもかかわらず、敢えてそのやり方を踏襲しないのだろう。それにしても、庖丁で〆、延髄にピアノ線を通して血抜きをする白身の魚に適用される活け〆のやり方は、氷だけで〆る通常のサバよりは遥かに熟成の時間が長くなるために、岬サバでもことさらに熟成の適正な時間を計算する必要がある。

◎春美鮨での岬サバ・関サバの旨さの捉え方。
 当店では、岬サバ・関サバも塩と酢で締める〆サバとして使用し、生食では用いない。このサバは他の産地のサバ達よりも鮮度が抜群の状態で入荷することと、本来的にもっている緻密な身肉の締まりのために、塩と酢の〆に2倍くらいの時間を必要とする。熟成は最低でも2日の時間の経過を見ることになる。
 帰京後、出荷責任者の安部邦弘さんに、サバとマダイを、佐賀関方式での出荷をしてもらった。サバもマダイも3日目にもまだしっかりと身肉が締まっていた。この海域の魚達の異端さを思い知らされたのだった。流行のブランド名だけを利用するという仕事を抜きにするならば、どちらの産地を選択するか、はたまた他の何処の産地の、どのレベルのサバを選択するかということは、店の格と料理人の旨さに対する感性の問題となる。身肉の締まりの食感が、鮮度と旨さの条件として最優先されるのが最近の傾向ではあるが、食感と熟成の旨さの調和は最も大切な要件として考慮されなければならない。

品質格差と選別。
 最高の産地の、最高の漁場で獲れた魚でも、全てが最高品質なのではない。品質にはそれぞれに個体差が生じているもので、豊予海峡のサバも見事に落差が生じている。しかし両漁協は魚をブランド化することによって、品質格差の発生を表面上では平均化させ、価格の高低差を極力解消させている。
 帰京後も豊予海峡は相変わらずの時化続きで、三崎漁協で試食したあの最高レベルの岬サバは遂に送られては来なかった。今年は全国的に大時化が多発している。なにか異変が起きているのだろうか。

雑記
◎ 佐田岬は愛媛県内では最も海藻類の漁獲が多い。カジメ・岩ノリ・ヒジキ・テングサ・フノリ・ホンダワラ等の密生は、海水温が低いためで、アワビ・サザエ・イセエビ等の魚介類の繁殖を促している。海岸線は全て岩場だが、環境保護のために、護岸工事のためのセメント使用量は最少限度に抑えられている。
◎素もぐり漁は、男の海士(かいし)によって行なわれ、アワビ・サザエを獲っている。
昔は重りを抱いての潜水で、40から50mほどの深さを3分位潜っていたが、今は重りをウエットスーツの上に巻きつけ、2分位の潜水となっている。
◎サザエ…殻に角の生えない種で、4月15日から10月15日までが漁期となるが、6月前後の産卵時期は漁獲制限される。
◎アワビ…クロアワビ・メガイアワビ・マダカアワビ(最近ではほとんど獲れなくなっている。)昔は自家製の干しアワビをつくり、スライスしてスープにすると産後の肥立ちが良いとされた。
◎浅場では漁師の女房達が海藻の採取漁を行なっている。
◎三崎でもたまにシマアジが釣れることがあるが、700グラムから800グラム位のサイズしか獲れない。
◎宿毛、八幡浜では天然のシマアジは基本的には獲れない。宿毛産のシマアジは、養殖ものか養殖場周りのものではないか。
◎豊予海峡の海底最深部は200mから300mあるが、最深部で漁をするのではなく、その周辺のもっと浅い場所が理想的な漁場となる。
◎ブリ…小ヤズ(ワカシ)・ヤズ(小ヤズが一潮の15日ぐらいでヤズに成長する)・トク(2.5キロから4キロ位)・ブリ(4キロから8キロぐらいまでを言い、この海域では8キロぐらいの大きさまでしか獲れない。)
◎完熟ブリ…8キロ級のブリを活け〆し、冷蔵庫内で、ビニールに入れて吊るすと熟成の最高状態となる。完熟ブリとして商品化する予定。
◎蛸とアオリイカの活け〆…蛸は0.8キロから2キロ弱のものがほとんどで、活け〆した後、冷水に20分ほど入れると、青白っぽい血を出す。アオリイカの急所はゲソと胴体の付け根で、両側に庖丁を入れると片方づつ色が変わり、完璧な活け〆となる。
◎ 三崎漁協の漁船団は、伊豆八丈島近辺のキンメダイ漁の漁場を開発し、下田漁協と提携している。
◎ 駿河湾の清水港を基地とし、トラフグのはえ縄漁を試験操業し成功させたのだが、2年目からトラフグ漁は静岡県の認可制となり、三崎漁協の船は不条理にもこの海域から締め出されてしまった。
◎ 岬サバは500グラム以上を言う。1キロ以上のものは1トン単位で獲れた時に希に混じる程度しか獲れない。岬アジは300グラム以上のものを言う。
◎ アジは、冬場の水温が14℃位に下がると脂が乗ってくるのだが、この時期の脂の乗りには個体差の大きな落差がない。6月から7月の水温24℃から25℃の産卵期の前にも脂が乗るため、アジの旬は年に2回となる。
◎ フグ、ホウボウの延縄漁…餌はイワシ・サンマを使うこともあるのだが、50mから60mの海底をフグ漁専門の疑似餌を這わせてゆく。豊予海峡のフグ漁は、4月~5月は産卵と小さいフグが獲れるために休漁となる。

9時30分  豊予海峡へ
 出航
 昨日から付きっきりで僕の案内役をしてくれている安部さんが、そろそろ豊予海峡の漁場に出てみようと誘ってくれた。漁協の船「第10みさき」で豊予海峡へ、いざ出航だ。
ほんの10分位で漁場に到着する。漁場が理想的に近い。前方遥か彼方に佐賀関の陸地が見える。その手前の島が有名な漁場となっている高島だ。今日は消防訓練があるので三崎漁協の船は少ないと言う。僕が船首に出て双眼鏡で漁船の数を数えていると安部さんも船首に出てきた。リモコン装置を持っていた。三崎の漁船は1人漁が多く、釣をしながら船の操作をし、衝突も避けるために皆持っているのだと言う。便利なものだ。「泉丸」に近づいてゆく。漁師の泉さんはタイ釣の名人なのだそうだ。
「なにごとかね」「東京からのお客さん」。
 今朝の釣果はマダイ3尾。年配なので消防訓練に行かなくていいのかもしれない。タイの疑似餌は色のついたゴムで、カワハギとサメの皮も使われるらしい。好漁場は水深300から400mの深場の周りだが流れが速く、ゆるやかになるのを見計らってやると言う。豊予海峡は、宇和海の潮の流れと瀬戸内からの潮の流れがぶつかる海域であり、日にちと時間によって海が1m程も盛り上がると言う。
 漁場には30隻ほどの漁船が見えるのだが、今日はほとんどが佐賀関の船だと言う。両漁協の船は入り混じって漁をしている。釣漁には制限水域はないのだ。

(はな)イズム

おらんところの宝じゃけん三ヶ条
一、 じいちゃん、親父より引き継がれた漁場を孫の世まで三崎漁師全員で守り譲る
二、 こだわり自然派漁法を後世に引き継ぐ(一本釣漁、素もぐり漁、刺し網漁、ふぐはえ縄漁)
三、 皆に明るい笑顔で味わってもらう為、水揚された魚介類を消費者まで最高の状態で届ける◎目先を考えるな。子供、孫の代まで考えろ。
◎山は見えるが、海は見えない。網は魚が喰わなくても獲れるが、釣は魚が見えず、喰わなければ獲れない。
◎4000人の人口のもとに、地産地消を提案。
◎佐田岬の宣伝のために、演歌「海峡の春」をつくる。星野哲郎作詞・岡千秋作曲・鳥羽一郎歌で、かなりのヒット作品となった。印税が三崎漁協に入り、かなり儲かったと言う。

 環境破壊、乱獲と漁場の荒廃による漁獲量の激減による漁師の収入の激減、後継者難と絶望的な高齢化等、10年後には必ず来るであろう日本漁業の絶望的な状況の中にあって、三崎漁協はしっかりと問題意識を把握して行動して来ている。悩み苦しみ、もがきながらも、次々と提起される難問題に誠実に、着実に対処しながら、日本の漁業の将来を睨んで、その再生と発展を目指して行動する全国的にも希な漁協となっている。これから日本各地の漁協のありかたのモデルケースとなって行くことだろう。

平成18年3月22日

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